「変わりはございませんが、みな寂しがっておりますよ」
もう十日ぐらい帰っていないオレに、垣内は心配を滲ませて言う。勝手をしている自覚があるだけに苦笑いを浮かべ、垣内に上着を預けながら、紹介しておくよ、とタケルを振り返った。
タケルは身の置き所がないのか、困った顔でおろおろしてる。
「藤崎武琉(フジサキタケル)。今晩泊まるから、よろしくな」
「かしこまりました。客室を用意いたしますか?」
「オレの部屋でいいよ。タケル、荷物渡しちゃいな」
「あ、えっと…お願いします」
ぺこっと頭を下げて荷物を渡す姿が、妙にぎこちなくて可愛い。
「そんな顔しなくても、普通の家だって」
「いや、普通じゃないだろ」
「お寛ぎくださいね」
優しく笑う垣内に言われて、余計に動揺してるみたいだ。
「は…あの、どうも…」
「全然、寛げてる感じじゃねえな」
「先輩…」
助けを求めるように、オレを呼ぶタケルを、垣内はちょっと可笑しそうに見つめていた。
「嶺華の方ですか?」
「違うんだけど、ちょっと色々あってさ。今度話すよ」
タケルの紹介は、けっこう面倒だ。嶺華の後輩でもないし、出会いを聞かれてもなかなか答えられないし、話をするなら一琉ちゃんから始めなきゃいけない。
「そうだ、代わりに今日はアキが帰ってこないから」
「かしこまりました」
荷物を別の者に預け、三人でエントランスに立ったまま話してると、吹き抜けの二階からオレを呼ぶ声がした。
「なっちゃん!!」
うわ……来た来た。
タケルが不思議そうにオレを見る。
「先輩…なっちゃん?」
「シェーナでは内緒。一琉ちゃんにも黙ってろよ?」
ほんとにもう……いつまで経ってもああいう呼び方するんだから。
ばたばたと駆け寄ってきて、思いっきり抱きつかれる。ぎゅうって抱きしめられ、オレは溜息をついた。
「ただいま、母さん」
この人はオレの母親。自分の息子がもう高校を卒業しようかって年なのに、相変わらず若い格好だ。しかもそれが、息子の目から見ても似合ってる、っていうのが恐ろしい。
「帰ってくるなら早めに言ってくれたらいいのにっ!最近はいつも急なことばっかりなんだから!」
「悪かったって。出掛けんの?」
「だって今日はパパの取引先の人とお食事するんだもんっ!なっちゃんが帰ってくるってわかってたら、そんな約束しなかったのに!」
パパとかママとか……タケルの前だってのに、この人は。ほんと勘弁して。
全然離してくれる様子のない母さんを、どうしたものかと困ってたら、同じ二階からエントランスに降りてくる別の人影があった。
「なっちゃん?!」
こっちも母さんと同じようにオレを呼んで、足早に近づいてくる。
「帰ってたのかい?今日は帰らないって聞いたのに」
「ただいま、父さん。出掛けんだって?」
いつも優しく笑ってる父さん。この二人は自分の両親だと思えないくらい天然で、いまだに恋人みたいに仲がいい。
「そうなんだよ…でもせっかくなっちゃんが帰ってきたんなら、キャンセルしちゃおうかな」
「するなよ。仕事だろうが」
「そうよねパパ!もう一週間以上なっちゃんと一緒にご飯食べてないんだもん。ねえキャンセルしても大丈夫よね?」
「もちろんだよママ。仕事なんかより、なっちゃんの方が大事なんだから、今日は一緒にご飯食べようっ」
「何言ってんだ、仕事優先だろ。大人なんだからワガママ言うな」
「だって、なっちゃん…」
「だってじゃねえって。父さんの勝手で会社の人たちが、どんなけ迷惑すると思ってんだ。立場を自覚しろ」
「…なっちゃんに、怒られた…」
がーんって、落ち込む父さんが俯くと、母さんはパッとオレを離して、心配そうに父さんに寄り添ってる。勝手にしてくれ、このバカ夫婦め。
呆れるオレがはっとして振り返ると、タケルは必死に笑いを堪えていた。
「なに笑ってんだよ」
「いや…あんまりにも、意外で」
「…絶対言うなよ?お前とオレの秘密な」
オレの両親がこんな、ほにゃほにゃした夫婦だなんて。あんまり大っぴらに宣伝したくない。
そりゃオレは二人が大好きだけど、それとこれとは別じゃん。
オレに秘密にしろって言われたタケルは、すごく嬉しそうに笑って「了解」と答えてくれる。
そこでようやっと、天然夫婦はタケルの存在に気付いた。
「わあ、大きい子ね!かっこいい!」
「本当だねえ。なっちゃんのお友達?」
「はじめまして、お邪魔してます。藤崎武琉です」
頭を下げて名乗る、礼儀正しいタケルを、父さんたちが一発で気に入ったのは、見ていてすぐわかった。
タケルを気に入ってくれたのは嬉しいけど、これはこれで、また面倒なんだよな。
「なっちゃんより背が高いのね。どれくらいあるの?」
「今は185くらいだと思います」