泣きそうな顔でオレを捕まえてたアキを思い出したら、申し訳なさと切なさで、苦しくなるんだけど。もう少し、時間が欲しいんだ。
「なんかさ…一人で色々やってて、気付いたんだけど。自分のことだけ考えるのって意外と楽じゃないよな」
「…しんどい?」
聞いてくれるタケルの肩に、少しだけ寄りかかる。
「しんどいのかな…。どうもオレ、一人で動くのって、向いてないみたいでさ。何してても、ここに直人(ナオト)がいたら喜ぶだろうな、とか。アキだったら違う意見を持ってるかな、とか…タケルがいたら、もっと楽しいのにって。思うんだよ」
苦く笑うオレのこと、タケルの深い色の瞳がじっと見つめてる。
いつも思うんだ。
誰かと共有できない喜びに、何の意味があるんだろう?って。
「淋しいのかな、オレ」
「先輩…」
「子供っぽいか?」
「…淋しいの?」
低い声が囁いた。ぐっと強い力で肩を抱かれると、その体温につい甘えたくなる。
「淋しいよ」
「…………」
「勝手に忙しくしてんのに、ワガママだってわかってるけど。もっとタケルに会っていたい」
手を伸ばして、タケルの頬に触れた。
「今日、何してた?」
学校で何があった?まどかちゃんは元気にしてる?今、授業でどんなこと習ってるんだ?……そういう、当たり前で普通のこと。もっとたくさん話したい。
「タケル?」
黙ってオレの顔を見つめてるタケルに、首を傾げて聞いてみる。そうしたらいきなり、触れていた手を掴まれた。
「え…?」
「俺の前で、そんな無防備になるなよ」
「どういう意味…」
「可愛い顔で見上げたり、平気で足出したり、するなって」
タケルの大きな手が、オレの足をするっと撫で上げる。
自分よりずっと熱く感じるその体温に驚いて、オレはタケルの身体を引き離し、慌ててソファーの端まで逃げてしまった。
「先輩」
「な、なんなんだよ急にっ」
怖いくらいの視線でオレを見ているタケルに驚いた。どうしたんだよ?すげえ穏やかな会話だったじゃん。なのにお前の、その豹変っぷりは何?!
ソファーの肘掛にしがみついて、展開についていけずタケルを見つめるオレの前。タケルはすごく真剣な顔をする。
「…急じゃないだろ」
「だって、さっきまで…」
「本気でわかんねえの?アンタなんでそんな、自分のことだけ気が回らないんだよ」
「タケル…」
「他人のことなら、びっくりするぐらい鋭いのに」
責める言葉がやけに突き刺さって、じわりと目頭が熱くなる。
こんなことくらいでって思うのに、それをタケルが言うんだと思ったら、なんだか自分でも驚くぐらい、ショックを受けたんだ。
そんなオレを見ていたタケルは一度、ゆっくり目を閉じて。開いた時には、男の顔をしていた。
出会ってから今まで、いろんなタケルを見てきたけど。こんな表情は初めてだ。
「タケル…?」
「もうちょっとちゃんと、自分のこと認めろよ。みんなアンタが好きだから、そばにいようとするんだろ。それだけの価値が、アンタにはあるんだ」
背もたれに手をつき、ゆっくり近寄ってくるタケル。
なにかヤバいってわかってても、オレはどうしても身体が動かなくて、逃げることが出来ない。
どうしよう。
どうしたらいい?
迷ううちに、タケルはすぐそばまで近づいてきて。オレの身体の両側に手をつき、間近に瞳を合わせていた。
「アンタが、好きだ」
はっきり言われ、目を見開く。
なに……どういうこと?
「好きだよ」
「タケ、ル」
「出会ったときからずっと、アンタが好きだった」
かあって、全身が熱くなって。見開いた目から涙が零れた。
怖いくらい深刻な顔をしていたタケルはそれを見て、優しく微笑んでくれる。いつも鋭い瞳が甘く優しくなって。愛しげに見つめていてくれるタケルの口元が、ゆっくりオレの名前を呼んでいた。
「ナ、ツ」
「あ…」
「好きだよ、千夏」
名前、呼ばれたの初めてだ……。
たったそれだけのことで、胸の辺りがきゅうって痛くなる。
涙が止まらなくて、手の甲で目を覆ったら、タケルに引き離されてしまった。
「やっ…」
「こするな、赤くなる」
代わりに柔らかい唇が降りてきて、涙を吸い取ってくれる。
待ってくれ、そんな一度に、オレを追いつめないでくれよ。わかんないって、オレはどうしたらいいの?
「…こんなガキの言うこと、信じられないか?」
「ちが…っ、そんな」
そんなこと思ってない。最初からオレはお前に甘えてた。誰にも見られたくない顔でも、お前にだけは晒してたんだ。
それに……そんな。真剣な顔は全然、ガキなんかじゃない。
「好きだよ、千夏」
低い声で囁かれると、身体がぞくって。寒くもないのに震えてしまう。