どれくらい経ったのか。浅くなっていたオレの眠りは、人の気配に覚醒を促されてしまった。
ベッドがゆっくり沈んで、あったかい手がオレの髪を撫でてる。
「千夏…?」
こいつはホントに……反省してねえな?
ぎゅっと布団を引き寄せ、背を向けたまま固く目を閉じるオレの様子に、起きてるって気付いたんだろう。タケルはやるせなさそうに、溜め息をついていた。
「先輩、起きなくていいから、聞いて」
言われなくても起きるかよ。
喋りたかったら勝手に喋ってろ。
「…嶺華でアンタに会ったとき、自分の顔を気に入ったかって、聞いただろ?俺は正直に頷いたけど、アンタはアキさんと同じ顔だからって、勘違いした」
ああ、春の話だ。
そういえばまだ、タケルと出会って何ヶ月かしか経ってないんだな。
「兄貴のこととか、学校のこととか。日を追うごとに言えなくなって。逃げたいって思ったこともあったけど、どうしてもアンタに会いたくて、シェーナに通うのを止められなかったんだ。…アンタが一番辛いときに全部バレて、すげえ後悔した」
タケルの方こそ辛そうな声。
そっと目を開け、気づかれないようゆっくり振り返る。タケルはオレに背を向けたまま、うな垂れていた。
「アンタが家に来たときは、驚いたな。兄貴が迎えに行ったのは知ってたけど、まさかうちに来てくれるとは思わなかった」
逞しい背中が、少しだけ伸びて。タケルは懐かしむみたいに顔を上げる。
「あの時、アンタ笑ってくれただろ。悪いのは全部俺なのに、電話に出られなくてごめんって、そう言ってくれた。…あの時、全然敵わないって思ったよ…アンタは大人で、ずっと色んなものと戦ってきて。辛いことも苦しいことも、みんな自分で飲み込んでる。…俺なんか兄貴に泣きついて、おろおろしてただけなのに」
……そんなことない。
お前は知ってんじゃん。どうしようもなく打ちひしがれて、お前の手に甘えながら弱音吐いてたオレを知ってるだろ?
「すごいなって、思って。やっぱりアンタが好きだって、思ったんだ。アンタが帰った後、俺のベッドに寝てたんだって思ったら、ドキドキして寝られなかったくらい」
タケルの告白に、かあっと血が上った。
こうなってみてわかったけど。タケルのベッドに寝たり、自分の部屋にタケルを泊めたり、オレは今までめちゃくちゃ無防備だったんじゃないか?
「そばに、いたいんだ」
「…………」
「強気なアンタも、泣くのを堪えて気丈に振舞ってたアンタも、好きだけど。俺の前で、切ない顔して苦しんでるアンタを見たとき、どうしようもなくアンタが好きだって思った」
――それ、タケルの前だけだよ。
情けないオレを見られるのは、きっとお前だけの特権なんだ。
「あの時は、無力な自分が悔しかった。アンタに比べたら、俺はまだまだ頼りなくて何にも出来ないけど…そばにいることだけは、出来るから」
そう言いながらゆっくり振り返ったタケルは、オレが自分の方を向いてるって知って、驚いたみたいだ。ちょっと顔を赤くしてる。
でも真剣な顔で、言葉を紡いだ。
「いつまでだって、アンタのそばにいる」
「タケル…」
「俺を好きになってよ」
真摯な言葉を聞いて、悲しくもないのに泣きたくなる。
オレは自分の弱さを認めたくなくて、これからもきっと、自分勝手に走り回ると思うけど。それでもいいのか?お前は耐えられる?
そうっと目を閉じた。
タケルの甘い言葉が、身体にしみこんできて、響いてる。それはじんとした痺れに変わって、オレの中に広がった。
「…ナツ先輩?」
目を開けて、タケルを見た。
力強い眉の下の、深い色をした瞳に自分が映ってる。いまは、オレだけがいる。
それは本当に、勢いで頷いてしまいたくなるくらい、嬉しいんだけど。
「その答えは、今じゃなきゃダメか?」
「…………」
「オレはちゃんとお前を好きだけど、この想いはまだ、お前に釣り合ってない気がするんだ」
最初からお前だけは、誰とも違う気持ちで見つめてたよ。あんなにもいきなり、誰かを気に入ったの初めてだった。
でもさ……オレ、このまま走り出しても大丈夫なのかな。お前はさっきみたいなこと、もっとオレとしたいんだろ?
覚悟、出来ないよ。自分を見失いそうで怖いんだ。
今のお前の、そういう必死な顔を見てたら、無条件に何もかも投げ出して、お前を受け入れたくなってしまう。でもそんな熱は、冷めるのも早いかもしれないだろ?
「もう少し、友達じゃダメか?同じように想いあえるまで、二人で楽しいこと探して遊んでるような関係じゃ、お前は満足できない?」
タケルと一緒にいたいよ。
でもいきなり上がって、急激に下がるような熱は、怖いんだ。そんなものに翻弄されたら、オレはまたお前を見失ってしまいそうな気がする。