【その瞳に映るものH】 P:04


 朝から晩まで肌を触れ合わせたって、今のぼくらに足りるはずがない。
 双子の家には、まだ行ったことがないけど、同じ部屋で同じベッドだという話は聞かされている。それはさすがに、ぼくらが良くても、ナツくんは嫌がるだろう。
「だって」
「だってじゃねえ」
「でも」
「でもじゃねえっ!大体お前な、バレたらどうすんだ?!大変なことになるのは一琉(イチル)ちゃんだぞ!」
 急に話を振られたぼくは、別に、と表情を変えずに呟いた。
「心配してないよ、ぼくは」
「あのねえ…しろよ、心配!クビにされたって文句は言えねえだろっ」
「されないし」
「はあ?!」
「ぼくがそんな大変なことになったら、絶対に君が助けてくれるじゃないか」
 生徒会長、笠原千夏の絶大な権力と影響力は、ぼくも一目置いている。
 最初はこんなガキになんでもかんでも任せる、嶺華のやり方を疑問に思ったけど。すぐに先生方の気持ちがわかったよ。
 本当にこの子は、何でも「出来て」しまうんだ。
 ぼくが平然と校内でアキを誘うのは、それも理由の一つ。万が一本当に、ぼくとアキのことがバレたとして。責任問題になったら、ナツくんはけしてぼくを見捨てられないだろう。
「大事な弟の恋人で、大事な武琉のお兄様なんだから。放っておけないでしょ?君」
「ちょっと一琉ちゃんっ」
「そっか。そうだよね!」
「お前まで何言ってんだ?!」
「だって。先生が辛い目にあったら、僕も嫌だし…泣くよ?」
 アキの涙に弱いナツくんは、まるで脅すように言われ、少し顔を赤くする。
「バカじゃねえの!」
 
一喝するものの否定はせず、顔を背けて先を歩き出した。彼の背中を見つめるぼくとアキは、顔を見合わせて笑ってしまう。
 うちの弟は、見ていて笑えるくらいナツくんに片想い中だ。脈がないとは思わないんだけど、まだこのニブい難関生徒会長を落とせてはいないらしい。
 必死でナツくんを口説いている武琉。
 早く攻略してくれればいいのに。
 そうすればナツくんも、時間を惜しんで抱き合うぼくらの気持ちが理解できるようになって、もう少し協力的になってくれると思うんだけどね。
 
 
 
 
 
 生徒会室に着くと、役員の面々がすでに顔を揃えていた。
「遅いです〜っ!」
 二年生に言われたアキは、笑顔を振りまいて謝っている。
「ごめんね。時計見てなくて」
「まあ、仕方ねえけど…一琉ちゃんに何か相談してんだって?理由は聞かねえけどさ。せめてナツからの電話くらい、出てくれよな」
 会計の少年に言われ、相談という身に覚えのない言葉を聞いたアキは、曖昧な表情になっていた。
「…それ、ナツに?」
「おう。…あ、内容は聞いてねえよ?突っ込まねえから心配すんな」
「うん…ありがと」
 ほら、やっぱり。
 なんだかんだ言っても、ナツくんはけしてアキを放っておかないんだ。どんなことでも必ず、回避ルートを確保している。
 弟の気遣いを知ったアキは、嬉しそうにくすくす笑って、パソコンに向かうナツくんに背中から抱きついた。
「ナツ〜大好き〜っ」
「うるせえ、懐いてないで仕事しろ。遅れた分取り返せっ」
「先輩先輩っ!見てコレ、一年代表の差し入れなんですよ!お土産だって」
 二年生代表の生徒に言われ、アキが振り返ると、大きなテーブルでホチキスを握っていた小柄な少年が、恥ずかしそうに
顔を上げた。
「あ…あの、田舎に行ってきて…何にもないところなんですけど、いつも色々貰ってるから…」
「え〜?基本ここは貰いものばっかりなんだから、そんな気にしなくても良かったのに。でもありがと。…あ、おせんべいだ。先生も食べる?」
「食べる」
 生徒会への差し入れは、甘いものが多くて辟易するけど、たまには気のつくヤツがいるんだな。
 アキが持ってきてくれたそれは、人の顔ぐらい大きくて、醤油の香りが美味しそうだ。でもこれ、大きすぎ。
「いいな〜田舎かあ。僕たちそういうのないから羨ましい」
 ミスプリントのコピー用紙を裏返しに置いたアキは、ぼくの手から煎餅を取り上げると、ばりんと割って食べやすいサイズに分けてくれた。ほんと気のきく恋人だ。
 人に見られないよう、片目を瞑ってる。可愛い奴め。
「先生はないの?田舎」
「あるよ。母方の祖父母が、長野に住んでる」
「行ったりする?」
「あまり行かないな…弟が行きたがらないし、大人になるとどうにもね」
「え〜もったいない。いいじゃん、長野」
 意味深な視線。
 行ってみたいってこと?
 君が行ってみたいのなら、連絡してみてもいいけど。退屈な田舎の町でも、アキと行くなら楽しそうだ。
 ナツくんを巻き込んでしまえば、武琉だってついてくるだろう。それなら祖父母も喜ぶし。
「田舎行ったって、遊べねえよ」