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【その瞳に映るもの⑨】 P:05


 運動部長が面倒そうに呟いた。
 彼はあまり家族との関係が上手くいっていないらしくて、兄弟仲のいいアキとナツくんを、どこか胡散臭そうに、でもどうしようもなく羨ましそうに見ている。
「遊ばないの?」
「遊んでらんねえだろ。親一緒だし、じいさんばあさんは構ってくるしよ」
「あ~そっか。うちのおじい様も孫が来ると構い倒すもんね」
 アキの祖父というと、笠原の当主か。
 大人物だっていうのは、何かで読んだことがあった。経済史で頻繁に目にする名前だ。
「君たちのおじい様って、どんな方?」
「ん?えっと…孫にカードゲーム教えて、自分で渡したお年玉を、巻き上げちゃうような人」
「…なにそれ」
「勝負事には絶対容赦しないんだよ。ねえナオ?」
 アキに呼ばれて、背の高い生徒が顔を上げた。アキとナツくんの幼馴染だと言う藍野直人(アイノナオト)だ。
 彼にとってはアキたちの祖父が、自分の祖父みたいなものなんだって。アキに聞いたことがある。
「容赦しないって言うか…嫌だって言っても、絶対逃がしてくれないよね。俺、公園とかでのんびりしてる、よそのおじいさん見ると、和むもん」
「あはは!ほんとだね~。未だに食らいついていくのなんか、ナツくらいなんだよ?毎年正月って言えば、ナツとおじい様の真剣カード勝負が、親族中にとっての一大イベントなんだ」
 楽しそうなアキが言うと、くだんの勝負師は鋭い目つきで振り返った。
「アキ、二度は言わねえぞ?」
「何を?」
「仕事しろ!」
「ああ、そうだった。はいはい。…ねえ、コレありがと。ごちそうさま~」
 煎餅を土産に買って来た一年生に手を振り、居ついていたぼくのデスクから離れていくアキは、ちょっと肩を竦めて。割れた煎餅をひとかけ取る素振りで、指先を触れ合わせていった。
 こういう甘い感じ、ずっと苦手だったんだけど。アキが相手なら悪くないな。
「何だっけ?何するの」
「これの確認頼む。ついでに試算して会計と詰めといて」
「了解…ねえねえ、こっちのってさ」
 わいわい賑やかな生徒たちを、一線離れたところで見つめる。嶺華の生徒会は本当に仲がいい。
 ナツくんを筆頭に、役割分担がはっきりしてるせいかな。
 余計な問題も起きないし、ナツ君の決定に口を挟む者もいない。
 それは時々、会長の独断専行を許してしまうことになるけど。そのために、ぼくがいるから。
 でも物分りのいい生徒会長は、もうすっかりぼくの使い道を、身につけてしまったようなんだけどね。
「一琉ちゃん、悪いんだけどこれさ…」
 何か言われる前に、確認を取るこのやり方。今までぼくの言動で、随分動揺していたのを見てるだけに、面白くない。
「…と思ってるんだけど、いいかな?」
「…………」
「一琉ちゃん?」
「面白くない」
「え?…そう、か?じゃあ何か、もっと派手なことでもやってみる?」
「違う。企画はいいけど、君が面白くないって言ってるんだよ」
「…オレぇ?!」
 驚くナツくんを、デスクに座ったまま、じろりと睨み上げた。
「君、すっかりぼくの存在に慣れたよね」
「そりゃまあ、四ヶ月も一緒にやってれば慣れるだろ」
「最近は口出しするスキがなくて、全然面白くない」
 アキは噛み付いてこないし、君はすっかり余裕を取り戻してるし。誰もぼくに逆らおうとしないんだから。
 むすっとして言うと、ナツくんは溜め息吐きながら、問題ないならいいとばかりに、差し出していた企画書を取り上げた。
「そういうのは、面白いとか面白くないとかいう問題じゃないって」
 ナツくんは嫌そうに言うけど、ぼくらのやり取りを聞いていた文化部長が、こっちを見て「確かに」と呟いてる。
「ナツが責められて、アキが吠えて、ナツアキが揉めるっていう、物珍しい見世物が見られなくなったのは面白くない」
「おいおい、お前まで何言うんだよ?」
「僕は今のままがいいです~。もう会長と副会長がケンカするのなんて見たくないですよぅ」
 ナツくん信仰の厚い二年生は、甘えた声で言いながら、アキの顔色を窺っていた。
 派閥なんか全然ないけど、あえて言うならナツくん派なんだよね、あの子。
「ケンカじゃないよ」
「でも、アキ先輩」
「僕が子供みたいなワガママ言ってただけなんだよ。心配しなくても、もう大丈夫だってば。君はそれより、来期の生徒会を心配した方がいいんじゃない?」
「そうだナツ、お前四期目の生徒会長、立候補しないなんて、マジで言ってんじゃないだろうな?」
 同級生から鋭く突っ込まれて、ナツくんは珍しく焦った表情を浮かべてる。あまりそういう顔を見せないナツくんだけど、そばに居るぼくには、表情の変化が手に取るようにわかった。
「え~!僕、会長以外の人が会長なんて、考えられないですっ」