一年生にまで言われたナツくんは、困った顔をしながらも、まだ答えを出そうとしない。
その話は、アキに聞いてる。
来期は生徒会長を辞めたいって、零してるんだよな。時間がなくて、毎日寝る間も惜しんで動き回ってるんだから、当然かもしれない。
忙しい毎日ではなかなか会ってもらえない、うちの武琉もそれには大賛成だって。
ちらりとナツくんを見上げるけど、彼はタイミングを計ってるみたいだ。
―――本気なのかい?
「ナツは辞めないよ」
やけにきっぱり言い切ったのは、アキの隣で作業をしていた藍野くんだ。
「直人…何か聞いてんのか」
「聞いてないけど、辞めないよね?」
信じきった顔してる。あの子には今のナツくんが見えてなのかな?
「ナオ…なんでそう思うの」
「だって、他に誰も立候補しないと思うから。ナツが卒業したわけでもないのに、後を引き継ぎたがる人なんて、いないし」
「…まあ、そうだね」
「後期は体育祭も嶺華祭もあるから、誰も立候補しなきゃ、ナツは放っておかないもん。辞められないよ」
なんでこんなことがわからないの?とでも言いた気に首を傾げる藍野くんは、ふとアキを見つめた。
「アキがやる?生徒会長」
「ええ?!なんで!」
「だってナツの後を引き継いで、みんなが納得するのなんて、アキぐらいじゃん」
妙な方向に矛先が向いたな……。
ただでさえ邪魔の多い毎日なのに、これ以上ぼくからアキを取り上げようっていうの?全力で阻止するよ?
「ははは!確かにな。お前だったら仕事わかってるし、適任じゃねえの?やれば、生徒会長」
「冗談やめてよ…」
「でもまあ、ナツが辞めるなら君しかいないのは確かだ」
「ちょっとぉ」
困り果てるアキを見て、思わずぼくが口を開こうとしたとき。ナツくんは指先で、とんとん、とぼくのデスクを叩いた。
「大丈夫」
ぼくにだけ囁いた、小さな言葉。
ふうっと息を吐き出し、彼は笑みを浮かべて顔を上げる。
「心配しなくても、放り出しゃしねえよ」
「会長っ」
「ちゃんと体育祭の予算も、新学期の実力テストの日程も、書類回ってんだろ?今から引き継ぎやったって間に合わないことなんか、オレが一番知ってる。…ほら、そんなことより、無駄口叩いてないで仕事しねえと。今日中に終わんないぞ?明日っからは休みにするんだろ」
急かされて、みんな顔を見合わせた。
「はあい!」
「そう言えばそうだ。せっかくの夏休みに遊ぶ暇なくなる」
わらわらと動き出す仲間たちを見つめ、苦笑いを浮かべたナツくんはぼくの前にある、アキが割ってくれた煎餅のかけらを、ひとつつまんだ。
「…いいのかい?」
君が本当に辞めたがっていたのを、ぼくは知ってる。アキに継がせる気なんかないけど、でも君が辞めたいと言えば、協力はしてあげられるのに。
小声で問いかけるぼくに、ナツくんは首を振って「覚悟はしてた」と囁いた。
「オレはさ、やっぱ一琉ちゃんが言うように、嶺華が好きなんだよな」
「ナツくん…」
「自分が大きなものを背負ってるって、これでも自覚してるつもり」
だから辞めたいなんていうのは、ただの愚痴なんだ、と。彼は大人びた顔で疲れを滲ませる。
「…武琉が残念がるね」
「そうなんだよな〜。変に期待させて、悪かったかも」
「いいよ、あの子は単純だから。どうせすぐに立ち直る」
「またそんなこと言って…あんまタケルのこと苛めてやんないでよ」
ひらひらと書類を振りながら、ナツくんは仲間の中へ紛れていく。心配そうに見つめていたアキと目が合った。
そうだね。彼の状況を、可哀相に思う人もいるだろう。彼はいつの間にか、自分でも抜けられないくらい、大きな渦に巻き込まれてる。
でもナツくんは、ちゃんとわかってるんだよ。巻き込まれてる自分のことも、それを自分が招いたことも。
だから、大丈夫。
君は精一杯、サポートしてあげなさい。
醜いくらい独占欲の強い、ぼくだけど。言っただろ?ぼくは大人だから、君の弟までは取り上げないでいてあげる。
肩を竦めるぼくを見て、アキがにこりと微笑んだ。
夏の暑い太陽が、少し角度を落とした頃になって、ようやく生徒会室は仕事の区切りがついた。
せっかくの休みなんだから、遊びに行こうと誘う友人たちを、アキとナツくんは断ってしまった。
今は広い部屋に、三人だけ。
ナツくんはまだパソコンを叩いてる。
「先生、お疲れさま」
片づけを終えたアキに言われ、ぼくもやれやれと立ち上がった。
「君たちもね」
「ん〜…でも、これでやっと夏休みって感じになったよ」
「そうだな」
終業式を終えた後も、予算会議にインターハイの応援、後期の企画作成。忙しさは授業がある期間以上だったから。
「でも先生は、ご両親が帰ってくるから…時間取れないよね?」