【その瞳に映るものH】 P:07


「まったくって訳じゃないよ。色々付き合わされるだろうけど、まさか毎日じゃないと思うし。予定が決まったら連絡する」
「そう?じゃあ、待ってる」
 嬉しそうに微笑むアキは、ぼくの手を取りちゅっと口づけた。
「忘れないでね?僕のこと」
「どうかな〜?」
「…意地悪なんだから。拗ねるよ?」
 じいっと上目遣いに見られてしまう。可愛い顔をするんじゃないよ。
 最後まで仕事をしていたナツくんも、区切りをつけたんだろう。プリンターが動き出し、彼はぐいっと身体を伸ばしてぼくらを振り返った。
「…いちゃつくのは、二人だけの時でよろしく」
「はいはい」
「一琉ちゃん、ご両親が成田に着くのって6時だったよな」
「よく知ってるね」
「うん。パリからだって武琉に聞いて、それくらいの時間じゃないかと思ってた。オレも先週行ってたから」
「そう」
「家に着くのは…8時くらい?」
「そうなるかな」
「あと2時間、ってとこか…」
 ぶつぶつ言いながら、プリンターが止まったのに気付いたナツくんは、パソコンを閉じて立ち上がる。
 荷物をまとめ、打ち出された書類を確かめて。それをクリップで留めながら近づいてきた。
「…アキに頼みがあるんだけど」
「うん」
「これ、見て欲しいんだ」
 ナツくんが差し出した紙の束に、頭が痛くなるような英語の羅列を見て、ぼくは眉を寄せた。
 ……日本人は日本語だけでいいんだよ。
「読める?」
「ん〜…時間はかかるかもしれないけど」
 ぺらぺらとそれをめくり、アキは顔を上げる。
「何かの契約書?」
「ああ。…それさ、訳してオレに教えてくれないかな」
「いいけど…オークション?代理人?」
 書類に視線を落として、拾い読みを始めるアキにナツくんは笑って封筒を渡した。
「今じゃなくていいよ。でも今週中には頼むな」
「わかった」
「ついでに、一琉ちゃんとの予定決めてからでいいからさ。もし時間が合うなら、オレに付き合って欲しいんだ。そのオークション来週だから」
「…イギリスって書いてるけど」
「ああ。ロンドンだから、最短でも四日ぐらいかかるかな?無理なら一人で大丈夫だし、あんま構えずに考えてみて」
「ナツ…?」
 不安そうな顔で、アキはナツくんを見つめてる。
 ぼくはそっとそばを離れて、自分の鞄を取りに行き、様子を見守ることにした。
 春からずっとすれ違っていた双子。アキには黙って、一人の行動を続けていたナツくんが、ようやく話を出来る状態になったんだろう。
「…僕が一緒に行ってもいいの?」
「オレがついてきて欲しいんだよ、通訳しに。日常会話ぐらいならまだしもさ、契約とか交渉って話になったら、なかなか理解できなくてね」
「ナツ…」
 ぼんやり名前を呼んで、アキは軽く頭を振ると、縋るようにナツくんを見つめた。
「…ナツは一人でやりたいことがあるんでしよ?僕が一緒に行ったら、ナツの邪魔にならない?」
「なんでだよ。オレが誘ってんのに」
「でも…」
 躊躇うアキをに、ナツくんは本当に優しい表情を浮かべて微笑んだ。
 あれ、今度髪下ろしてやってくれないかな。アキには出来ない表情、アキと同じ顔で見られるのに。
「どう言えばわかるかな。…オレはずっとアキにどうする?って聞いて、アキがしたいと言えばするし、アキがしたくないって言えばしなかった」
「うん…」
「でも、そうじゃなくて。オレはやるけどアキはどうする?って言えるようになりたいと思ったんだ。お前も一緒にやらない?って。対等にな」
「じゃあ…僕がしたくないって言ったら」
「オレは一人でやると思う。やりたいと思うことなら。今度だって、もしアキが行かないなら、現地で通訳雇って一人で何とかするよ」
「ナツ…」
「オレね、向こうのオークション会社にこの書類渡されたとき、どうしよう?って思ったんだ。全然わかんねえ、何書いてんだろ?ってさ。でもすぐに浮かんだのは、お前の顔だった」
 苦笑いを浮かべたナツくんは、甘い声で手伝ってよ、と囁いている。
「僕に、手伝える?」
「もちろん。こんな風にさ、オレはお前と一緒に、何か出来たら楽しいなって。今でも変わらずに思ってるから」
 そうっとアキの腰に手を回し、柔らかく抱きしめる。
 同じ顔の双子は、ずっとあんな風に二人で、同じ道を歩いていたんだろう。でもこれからは、違う道を歩いていても協力し合っていたいんだと、ナツくんはアキの肩に頭を寄せて甘えてる。
「お前はいつまでもオレの味方だよな?」
「うん」
「…同じだよ。オレはずっと、いつまでもお前の味方だから。どんなことだって協力してやる。一琉ちゃんのことも進路のことも、お前が大事にしてるものは全力で守るから。…話すのが遅くなってごめんな?」
 視線を絡め、こつんと額をくっつける二人の姿に、微妙な嫉妬が沸いてきた。