エレベーターで自宅のある階まで上がると、一番奥にある部屋の前まで行って。ドアは開けずに、もう一つ奥の非常階段へ入ってしまう。最近ずっと、ぼくとアキはそんなことをしていた。
「…ピアノの音だ。武琉くんだね」
いくら完全防音のマンションでも、僅かに零れてくる旋律。
「ナツくんに言われて、真面目に練習してるから」
「うん。ナツも弾いてるよ…この曲知ってる。やっぱり武琉くんの方が上手いな」
ぼくの身体を壁へ押し付け、アキはゆっくり唇を重ねてくる。ここでキスをする時だけは、アキの方が積極的だ。
初めて「送る」と言われたときは、女でもあるまいし、と思ったけど。アキは時間が惜しいんだと囁いて、毎日のようにぼくを送り、ここで唇を触れ合わせていた。
熱い舌で翻弄されれば、帰った後が辛いんだけど。どうしてもこの誘惑には、勝てそうにない。
足元に鞄を置いて、ぼくの腰を抱いていたアキの手が、もどかしげに這い上がってくる。
「ねえ、先生…」
「んっん…ふ、なに…」
「帰ってから着替える余裕、ある?」
「大丈夫だけど…」
まさかここでするつもり?!
人の通らない非常階段とはいえ、絶対に誰も来ないとは言えない場所なんだよ。何を考えてるの君は?
じろりとアキを睨んだけど、その目が熱に潤んで、濡れているのを見たら、ずくっと腰が疼いてしまった。
「どうしても嫌なら、しない」
「アキ…」
「でも、したい。ねえ、嫌?」
「…………」
「今ね…身体中が幸せで、ざわざわして収まらないんだ。…ナツがずっと僕の味方でいてくれるって。だから先生のことも守るって…すごい、嬉しい。熱くてこのまま帰ったり出来ない」
「アキ」
「お願い…入れたりしないから。先生の気持ち良くなってる顔、見せて」
お願い、と囁きながらそこを撫で上げられて、溜め息を吐きながら頷いた。
アキが跪いて、ベルトを外してる。
ぼくは自分の手で口を押さえ、そのあまりに背徳的な姿を見下ろしていた。
むき出しのコンクリートに囲まれた、非常階段。いつ誰が通るとも知れないのに。
白い制服のシャツに指をかけ、わずらわしげにネクタイを緩めたアキは、もう待ち焦がれてしまっているぼくのものを、先からゆっくり咥えていく。
「ふ…っ、んん」
一度根元まで口に含んで、ゆっくり抜いて。アキの唾液で濡れたものに、赤い舌が貼りついてる。
苦しげに眉を寄せる顔が、少しずつ汗ばんでいくのがわかった。手で竿を擦りながら、先端に吸い付くアキから、どうしても目が離せない。
「っ…ア、キ…」
「声出しちゃダメだよ…響くから」
わかってる。わかってるけど止まらないんだ。どうしようもなくて、ジャケットの袖口を噛み締めた。
「んんっ…っ」
イヤだ、アキ……ちゃんと、欲しい。中もかき回して欲しい。ぼくだけイクなんてズルい。もうここでいいから、ぼくの中まで入ってきて。
訴えたいけど、噛んでるジャケットを離してしまったらきっと、訴えるより前に悲鳴を上げてしまいそうだ。こんなところで声を出したら、響き渡って大変なことになる。ギリギリの理性に阻まれて、欲しいものを欲しいと言えない。
切ないよ、アキ……気付いて。
アキが視線を上げた。目がすうっと細くなって、ぼくの媚態を見つめてる。
口の中に頬張られ、舌を絡められると、強烈な快感に思考が回らなくなってくる。
全部見られてる、というこの状態が、ぼくをおかしくするんだ。空いた手を引き寄せるようにアキの頭に置いて、喉を仰け反らせた。
「っは…ん、ん」
震える指先に、ぼくの限界を悟ったんだろう。すぼめる唇で上下に扱く、アキのストロークが短くなって。ぼくを追い詰めていく。
「んんっ!」
「いいから…イッて」
「ふっ…ぁ、んーっ!!」
誘う言葉に立ち止まることは出来ず、全部アキの口の中に吐き出してしまう。ようやく噛んでいた袖口を離し、荒い息を何度も何度もついていた。
嚥下するアキの喉元が艶めかしい。
「はっ…はっ…ぁ、ふ」
力が向けて、がくがくする足が身体を引き摺り下ろそうとしてる。ぐらりと傾いだ身体を、ぼくより逞しい腕が支えた。
冷たい壁に寄りかかっているのがやっとの状態だ。ゆっくり立ち上がるアキの手がないと、このまま床に崩れてしまいそう。
「…ごめんね、こんなところで」
服を調え、強く抱きしめてくれる。熱いものが太腿に当たっていた。
「君は…どうするの…」
「…うん…階段下りて帰るよ」
その間に熱が冷めるだろうからって。
苦笑いを浮かべて言うアキに、首を振った。それはぼくのものだろう?
「してあげるから…替わって」
「ダメだって」
「アキ」
「嬉しいけど、ダメ。もうタイムリミットだよ…」