仲のいい四人。お互いを大事にして、友達みたいに楽しく話してる家族。
あれを家族と呼ぶなら、俺の家族は兄貴だけだ。
俺の両親は、ピアノの練習を再開したって、兄貴から聞いた途端、今まで放り出していた俺のことを急に構いだすような人たち。息子の気持ちより、音楽の方が大事な人たちだ。
ジャズでもクラシックでもいいから、ピアノをやってるなら自分たちが引き取りたいだなんて。あまりにも俺と兄貴をバカにしてる。
俺は親と同じ職に就く気なんかない。ピアノだって千夏に言われることがなきゃ、もう一生触らなかったはずだ。
バカにすんな!って、一蹴してやろうと思ったら、今度は二人して兄貴を自由にしてやれとか言い出した。
ずっと兄貴に苦労かけてることを気にしてたなんて、あんまりにも今さらで、ひどく身勝手な言い分だ。
やり方が汚いんだよ。
兄貴に迷惑かけてることはわかってる。俺のせいで諦めたものも、たくさんあると思う。
でもそんなの、今さらだろ?
あいつらの言葉に、何も言わなかった兄貴。最近アキさんと付き合い始めて、俺の存在が邪魔になってきてることは、ちゃんと気付いてた。
汚いよ……汚い。そんなこと俺にだってわかってる。それ言われたら、反論できないじゃないか。
夜遅く、このマンションじゃ寝るところがないからと、勝手なことばかり言う両親は、自分たちの家に帰っていった。
黙って洗い物をする俺に、兄貴は「気にするな」って言ってくれたけど。
本当はちょっと、惹かれたんだろ?
俺がいなくなたら、自由にアキさんを呼べるもんな?
わかってるよ。それが一番、兄貴を幸せにするって、わかってる。でもそうしたら俺は、どこへ行けばいいんだよ?
一人立ちして、ここを出て行ってあげたいけど、中学生の俺にはそんなこと許されない。
なんで俺は子供なんだろう。
どうして一人で生きていけなんだろう。
……千夏だったら出来るのに。
何でも一人でやってる千夏なら、きっと自分ひとりで生きていける。
どうしようもないけど、また俺は携帯を開いてしまう。無駄なことしてるってわかってて、同じことを繰り返す。
待ち受け画面の馬が、澄んだ瞳で俺を見つめてた。
こいつは十年以上、千夏と離れていたのに、昔と変わらず千夏を追いかけ、懐いていて。大事にしてもらってる。
情けないな……。俺、今こいつにまで嫉妬してる。
溜め息を吐いて携帯を閉じようとした瞬間、着信があって驚いた。
メール……千夏からだ!
すぐに開いてみたら、俺が打とうとしていた同じ言葉。起きてるか?って。
慌てて電話をかける。千夏は携帯を手にしていたのか、間髪入れずに出てくれた。
「ナツ先輩?」
しまった、声が上ずってる。
でも気にした風もなく、千夏は俺の名前を呼んでくれた。
『タケル?夜中に悪い。起したか?』
ああ、千夏の声だ。
ずっと聞きたかった、千夏の声。
「いや、起きてた」
『そっか』
「どうしたんだよ、何かあったのか?」
これ、俺が言って欲しかった言葉だ。変なの。でも千夏と気持ちが繋がってるのがわかって、すごく嬉しい。
『オレは別に、何にもないんだけど。そっち何かあったか?』
「え……?」
聞かれた言葉に呆然としてしまう。
どうしてわかったんだろう。
「な、なんで?」
『ん〜…いや、アキがさ。いま一琉(イチル)ちゃんと電話してて、切ったとこなんだけど。様子がおかしいっていうから』
兄貴と千夏は学校の先生と生徒だけど、千夏は兄貴のことを一琉ちゃんって呼んでる。俺が千夏をナツ先輩、って呼ぶのは、そう呼ぶように言われてるから。
『お前、心当たりない?今日、ご両親が帰って来てたんだよな。何かあった?』
「先輩…」
『ん?』
「…せん、ぱい」
ズルいよ。せっかく俺が、自分でなんとかしようとしてんのに。なんで先輩には、何もかもお見通しなんだよ。
『どうしたお前まで。ご両親と何かあったのか?』
「…………」
『言ってみろよ。どうした?』
なんでアンタそんな優しいの。俺たちの中で一番大変なの、アンタじゃん。
一日の時間が足りないくらい、飛び回ってる千夏。持ちかけられる話をどれも引き受けてしまう千夏は、俺が身体を心配するくらいのオーバーワーク。
「…大丈夫」
これ以上、千夏の心配を増やしたくなくて、俺は出来るだけ普通に呟いた。
知ってるよ。
今日まではけっこう、俺とも会ってくれてたけど。生徒会の仕事に区切りをつけたから、明日からの十日間、まとめて動くって言ってたよな。新学期までは会えそうにないって。ごめんなって、すごく淋しそうに言ってたじゃん。
ワガママ言って迷惑かけたくない。
俺、自分がまだガキだってわかってるから。負担にだけはなりたくないんだ。