【その瞳に映るものJ】 P:04


『…どうしてもイヤならいいけど。でも先生から言われたことないんだよ?顔が見えなかったら言ってくれるかなって』
 拗ねた声で訴えられ、首を傾げる。
 ……言ったことなかったかな。そんな勿体つけてる気はないのに。でもせっかくだから、焦らすことにしよう。
「パス」
『え〜!…酷いなあ』
「今度会った時にね」
『絶対?』
「覚えてたら」
『それ、覚えてても覚えてないって言うんじゃないの?…も〜ズルいんだから』
 いじけるアキに、声を立てて笑った。
 どんな顔してるんだろう?……言ってやるから会いに来いって、そう言ったら放課後に来てくれるかな。
『だったら次の質問』
「まだあるの?」
『まだまだあるよ〜』
 くすくす笑うアキの声。
 明日からまた海外行きで忙しいナツくんは、今日から学校を休むって言ってた。弟もぼくも学校にいなくて、アキはつまらないとでも思ってるのかな。
『先生の好きな映画ってどんなの?』
「…パニック映画とか、B級ホラーかな」
『じゃあ来週始まる映画、一緒に見に行こうよ』
 アキの上げたタイトルは、ぼくも楽しみにしているものだ。君と映画なんて、まるでデートみたいじゃないか。……ああそうか。恋人と行くんだから、デートでいいんだよね。
 アキとはデートらしいデートをしたことがない。いつも会うのは学校や、家。あとは近くのカフェくらい。
 行くといえば、きっと喜んでくれる。でも今のぼくに楽しめるかな。
「…考えとく」
 微妙な返答しか出来なかったのに、アキは気にした様子もなく「了解」と答えてくれた。ごめん。今はもう少しだけ、武琉のことを考えていさせて。
『次は〜…あ、先生の好きな言葉は?』
「一石二鳥」
『先生の性格そのまんまじゃん』
「じゃあ漁夫の利」
『変わんないって!ここにナツがいたら絶対ヤな顔するよ』
「いないんだから、いいでしょ」
『まあ、そうだけど。…次ねえ、先生って甘いもの苦手だけど、果物は好きだよね?
「うん」
『桃とぶどうだったら、どっち好き?』
「…なに、その二択」
 桃とぶどうって。イチゴやメロンが好きだったらどうするつもり?
『いいじゃん、二択』
「う〜ん…二択だったら、ぶどうかな」
『ワインの原料だもんね?』
 まるで酒好きなぼくを揶揄するような、アキの言葉。
「二択にしたのは君でしょ」
『ついでに次の質問。先生の好きな食べ物は何ですか〜?』
 普通はそれが先じゃないの?
 少しずつ楽しくなってきたぼくは、ちょっと考えて「軟骨からあげ」と答えた。
『…なに、それ?』
 やっぱり。知らないと思ったよ。
「だから、軟骨を唐揚げにしたものだよ」
『いや説明になってないよ。大体、軟骨って何の軟骨?』
「オトナの食べ物だから、ハタチになったら教えてあげる」
 笑うぼくに、アキの「オゴリだよ」という可愛い声。いくらでも食べさせてあげるよ、居酒屋メニューくらい。
「次は?もう終わり?」
『まだまだ。次は…あ、じゃあ嫌いな食べ物は何かある?』
「ん〜、セロリかな」
『味が嫌いなの?匂い?』
「両方だよ。だいたい、アレが好きな人なんている?」
『そりゃ大好き!って人はあんまりいないかもだけど、サラダに入ってたり、最近はお漬物にしたりするじゃない』
「ドレッシングに入ってるくらいならともかく、単体で食べるなんて考えられないけどな…アキ、ぼくの前では食べないでね」
『了解。…あ!次の質問!』
「なに?急に嬉しそうな声して」
『先生の初恋っていつ?どんな人?』
 アキに問われて、ぼくは思わず黙ってしまった。
 子供の頃に大好きだったのは、武琉を攫ったお手伝いさん。だからこそあの事件はショックだった。
 軽く頭を振る。そんなこと、今はどうでもいいことだ。
 でもそうやって悪夢を押しやろうとすればするほど、携帯の向こうにいるアキが恋しかった。
 アキに触れたい。アキの腕に包まれて眠ってしまいたい。ここにいて欲しい。
 ああ、そうだね。生まれて初めて誰かを欲しいと思う気持ちが初恋なら、それは君なのかもしれない。
 アキを見つけるまで、ぼくはこんな切ない気持ち、知らなかったんだ。
『先生?』
 やっぱり君に、来て欲しいよ。
 放課後まで待ってるから、会いに来て。
『どうしたの?』
「内緒」
『え?』
「だから初恋の相手だろ?答えは内緒。次の質問をどうぞ」
『む〜…いつか教えてよね』
「そのうちね」
 惚れた弱味を晒すようなこと、言ってあげないよ。まさかアキはそれが自分だなんて、思ってないみたいだし。
 いつかそんな甘い言葉が必要な日が来たら、教えてあげる。それまでこういうカードは、隠しておくべきでしょ?
『じゃあ次の質問。先生、いま欲しいものは何?』
 君だよって、咄嗟に言いそうになる。