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【その瞳に映るもの⑪】 P:05


 まったく……教師失格だよ。そんなこと言ったら、この子は飛んできちゃうじゃないか。
 ナツくんが不在の嶺華高等部。アキまで放課後を待たずに帰ってしまったら、きっと大騒動だ。
 モノだよモノ。アキの質問は欲しい物。
「…電動自転車かな」
『ロマンのない答えだな~』
「いいだろ、別に。学校は近いけど、スーパーが意外に遠いんだよ」
『いいじゃん、少しぐらい遠くても。買い物くらい、いつでも付き合うから、散歩がてら一緒に行こうよ』
「…ついでに荷物持ち、してくれる?」
『いいよ、何でも言って』
 気軽に答えてくれるアキの言葉に、にやりと笑う。
「じゃあ今度、お米買うときに声かける」
『…えっと。車回したりとか』
「ダメ。君の家の車を使ったら、運転手さんが運んじゃうでしょ?ぼくは君に運んで欲しいんだよ。人任せにする気?」
『あ~もう、はいはい。米でも何でも運ばせていただきますよ』
 うんざりした声で答えるアキの、周囲の音が急に静かになった。もう授業が始まるのかな?時計を見上げて時間を確かめる。
 まだ時間はあるみたいだけど。
『次の質問。いま何問目でしょう?』
「え?…えっと」
 急に言われてもわからない。それよりアキ、もし授業が始まるなら……
『9問目だよ。先生に聞いてみたかったこと、色々聞けて楽しかった。ありがと』
「アキ…」
『じゃあ、これで最後』
 ズキっと胸が痛んだ。最後なんて、気軽に言うな。
 君に会いたいんだ。
 でもぼくからなんて、どう言えばいい?
「…………」
 言葉が出てこず黙ってしまうぼくに、アキはくすくす笑って。
 そうして、最後の質問を口にした。
 
 
『ねえ先生。最後の質問。…いまマンションのドア開けて、僕が先生の好きなぶどうと一緒に立ってたら、嬉しい?』
 
 
 ―――アキ!
 弾かれたように立ち上がり、携帯を握り締めたまま、玄関へ走る。
 素早く鍵を開け、重い扉を開くとそこには、見慣れないスーツ姿。優しく微笑んでいる彼の手には、確かに高級なことで有名なフルーツショップの紙袋が握られてる。
「アキ…」
 ずっと会いたかった、その人の名前。
「先生、質問の答えは?」
 嬉しい?って。首を傾げてるアキに、思いっきり抱きついた。
「…嬉しい」
 素直に零れた言葉。どうしよう、すごく嬉しい。君が来てくれたこと。ぼくを最優先にしてくれたこと。嬉しいよ。気のきいた嫌味なんか言えやしない。
 アキに身体を押されて、少し後ろへ下がる。バタン、とドアが閉まり、下駄箱の上に紙袋を置いたアキが、強く抱き返してくれた。
「驚かせてごめんね。身体は大丈夫?」
「うん…」
「本当は電話をかけたときから、ここへ向かってたんだ」
 その言葉を聞いて、顔を上げ軽くアキを睨んだ。
「だったらそう言えばいいのに」
「僕だって先生が会いたいって言ってくれたら、すぐに行くって言うつもりだったんだよ?なのに、何か用?なんて冷たいこと言うんだもん」
 苦笑いを浮かべて、ぼくのメガネを取り上げたアキは、触れるだけのキスを落としてくれる。それじゃあ足りなくて、ぼくはアキの首に腕を回した。
「…元気じゃん」
「アキが来てくれたから、元気になった」
「そう?なら来たかいがあったね」
 重なる甘い唇の中で、口腔を舐めまわされる。生き物のように蠢く舌が、ぼくを蹂躙していく。
 深く、浅く。何度も口付けをかわして。アキは最後にぼくの額へ唇を押し付け、ふうっと息を吐いた。
 色っぽい表情のアキをゆっくり離して、全身を見つめる。深い色のスーツに、淡い色のネクタイ。着慣れているんだろう、違和感がなくて大人っぽい。
「どうしたの?」
「…スーツ、初めて見た」
「ああ、そういえば。似合う?」
「ん…似合ってる。年齢不詳」
「なにそれ、老けてるってこと?」
 むうっと拗ねる顔は、確かにいつものアキだ。ナツくんのスーツ姿は何度か見ているけど、双子なのに全然印象が違う。
 ナツくんが着るといつもより冷たくて厳しい印象を受けるけど、アキは普段よりずっと華やかだ。
「もうちょっと褒めてよ」
「似合ってるって言ったじゃないか」
「え~…だって武琉くんはナツに、キレイだって言ったらしいし」
「武琉が?!」
 あの子、普段ぼくの前だと無口なのに。ナツくん相手にそんな口説き文句、吐いてるの?……武琉をいつまでも子供だと思ってるのは、ぼくだけなのかもしれないな。
「ね、先生。かっこいい?」
「…………」
「どうしたの」
「え?あ、ああ。かっこいいよ」
 慌てて答えるぼくにアキは肩を竦めて、下駄箱の上の紙袋を持ち上げた。
「ぶどう、食べる?」
「…美味しい?」
「美味しいと思うよ。お店の人イチオシ」
「じゃあ食べる」
「了解」