兄貴や千夏がアキさんを好きでいる気持ち、俺が感じてるのと同じかな。
アキさんと話してるの、気が楽なんだ。さらさらした水に触ってるみたいで。どんな話でも気軽に聞いてくれる気がする。そばにいるの、楽しい。
「ねえ武琉くん。君は自分のこと子供だって言うけど、それは何が基準?」
最近ずっと考えていたことを急に聞かれて、俺は言葉に詰まってしまった。
「うん?」
「あ…えっと。すいません…俺、よくわからなくて…」
毎日毎日考えてるけど、まだ答えは見つからない。年齢、容姿、性格。そうでなければ仕事とか。
どれも正しいようで、どれも間違っているようにも思える。
アキさんは「そうだねえ」と考える素振りで、無意識に空のグラスを手に取った。
「あ…入れてきます」
「え?ああ、ごめん。ありがと」
照れて笑う顔は、千夏と同じだ。ちょっと幼くなる。
面倒になって、ポットごと麦茶を持ってきた俺は、アキさんと自分のグラスにそれを注ぎながら、ふと自分の手首に目を遣った。
千夏に貰ったブレス。
どうしても外せなくて、実家に戻ってからもずっとつけてる。
……どうしてるかな?千夏。
アキさんからの電話聞いて、少しぐらいは慌てたかな。
「武琉くんにとって、ナツは大人?」
はっとして顔をあげた。アキさんはクセのようにブレスを触る俺を見て、にやりと笑う。
「でも実はナツって、子供なんだよね。オムライスとかハンバーグとか大好きだし、頭のついてる魚、食べられないし」
「そう…なんですか?」
寿司も魚の煮付けも、普通に食べてたと思うけど。頭がついてる魚だけがダメってこと?……なんで?
「目がイヤだって言うんだ。…イヤだなんて言って、ほんとは怖いんだよきっと。ナツってけっこう、怖がりだから」
「先輩が…怖がり…」
全然想像できない。いつも冷静で、怖いものなんかなにもないって感じなのに。
「じゃあね、武琉くんは先生のこと、大人だと思う?」
「兄貴、ですか?」
千夏が子供だと断言された後に聞かれると、答えに困ってしまう。
俺にとっての兄貴はずっと、一番身近な大人だったけど……。
「…けっこう、ワガママですよね?」
「あはは!本当だよね〜。下らないコトに限って負けず嫌いだしね」
「わかります」
いつもは飄々として見えるのに、単純なゲームとか、自分の言い間違いとか、つまらないことには負けを認めないんだ。
昔のことを思い出して笑う俺の顔を、アキさんは微笑みを浮かべて覗きこんだ。
「関係ないよね、大人とか子供とか」
「…はい」
「そのブレスね。ナツが武琉くんにあげたって聞いて、驚いた」
「これ…ですか?」
左手を上げる。
千夏に貰った飴色のレザーブレス。
「うん。それね、ナツがすごく憧れてる人が似たのをつけてて、自分も欲しいって言い出してね。探すの大変だったんだよ。だから、とても大事にしてた」
驚いて、自分の手首を見つめる。
大事にしてるんだろうな、とは思ってたけど、どんな経緯のものかは聞いてなかったから。
だって千夏は「気に入ったならやるよ」って、けっこう気軽に渡してくれたし。
「…ねえ、武琉くん。ナツはちゃんと、君が好きだよ」
「アキさん…」
「君はナツが距離を取りたがってるって言ったけど、違うんだ。あの子は特別な存在ってものに慣れてなくて、どうすればもっと君に近づけるのか、わからないんだと思う」
子供でしょ?って、アキさんは苦笑いを浮かべる。でもその表情は、どこか寂しそうだ。
「思ってること全部言ってやって?ナツはちゃんと受け止めるから。…安心して、甘えちゃえばいいよ。あの子はもっと君を、甘やかしたいと思ってる」
だからその分、ナツのことも甘えさせてやってねって。すごく優しく微笑んで、アキさんは俺の頭を撫でてくれた。