【その瞳に映るものL】 P:05


「おや大変。…そうだアキ、上がるときはこの融解剤入れて、お湯抜いといて」
「そ、そんな意地悪言わないで」
「意地悪じゃありません。これはお仕置きです」
「せんせ〜っ」
「甘えた声出してもダメ!じゃあねアキ。ごゆっくり」
 にこやかに微笑み、ひらひらと手も振ってあげて、ぼくは浴室を後にした。
 ふんっ……一人寂しく処理してろ!
 
 
 
 身支度を整え、家だと必要なとき以外はあんまりかけないメガネをかけて。今日のために用意したものを引き出しから取り出してると、ようやくアキがバスルームから出てきた。
 あれから10分ってとこか。
「早かったじゃない」
 振り返ると、ぼくに服を隠されてるアキは、バスタオルを腰に巻いてるだけの、艶めかしい格好で立ってる。
「…先生の意地悪」
「そこが好きなんでしょ?」
 明るく言うぼくに、アキは嫌そうな顔をして溜め息を吐いた。
「いい加減、僕も趣味悪いよね」
「本当だねえ」
「まったく…。ああ、浴槽に融解剤入れてお湯抜いといたよ。ゼリーが溶けてくの、面白かった」
「ありがと。ちょっと見たかったな〜」
 凝固剤で固まるところが面白かっただけに、残念。
「僕を置いてくからだよ」
「しょうがないでしょ?入浴剤への興味より、君へのお仕置き優先」
「はいはい」
 時計を嵌めて、時間を確かめる。
 実家までは中途半端な距離だ。武琉なんかは自転車で往復するけど、体力に自信のないぼくには、考えられない。かと言って電車じゃ遠回りだし、タクシー使うには近いし。
 そうだよね。この半端な距離も、実家へ足が遠のく理由なんだよね。
「先生、何時に出るの?」
「思案中。3時には着きたいんだ」
「ふうん…車だったら10分てとこ?」
「でもタクシーだと、ちょっと気を遣うんだよね、近すぎて」
「気にしすぎだよ…呼んであげるから、時間決めて」
 相手も仕事なんだから、と車を使い慣れている御曹司は苦笑いを浮かべた。
 しまったこの流れ、タクシー代奢られる……ま、いっか。それこそ近いんだし。
「じゃあ2時半」
「了解」
 電話をかけてくれている間に、ぼくは隠しておいたアキの着替えを取りに行った。
「先生、2時半に下へつけるって」
「ありがとう。じゃあこれ、着替え」
「うん。急いで用意するから」
 アキは自分も一緒に、マンションを出るつもりなんだろう。確かに今までなら、そうしなきゃいけなかった。
 素早くジーンズに足を通したアキが、シャツを手に取ろうとしたとき。ぼくはその腕を捕まえる。
「?…なに」
「ねえアキ。今日の予定は?」
「え…と、実はぼく昨日、ナツにちょっと用事頼んじゃって。時間を取らせたから今日は、代わりにお使いを二件頼まれてる」
「いつ終わるの」
「そうだなあ…正確な時間はわからないけど、夕方には終わるよ」
 どうしたの?って首を傾げてるアキ。その手の上に、ぼくはさっき引き出しから取り出した、何もキーホルダーのついていない鍵を乗せた。
「先生、これ?」
「これは君の」
「…え?」
「ここの鍵、君にあげるから。ゆっくり用意して出掛ければいいよ。…その代わり、用を済ませたら、ここへ帰ってきて。ぼくを待ってて」
 驚いた顔でまじまじと鍵を見つめたアキは、少し困ったようにぼくを見た。
「いいの?」
「うん。武琉にも伝えておくから」
 弟と住む家の鍵だけど、ぼくはアキを信用してる。
 アキはぎゅうっと鍵を握りしめ、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがと、先生。大好き」
「どういたしまして」
「食事は済ませてくる?」
「ああ。武琉が作ってるみたいだから、食べてくる」
「いいなあ…ナツが言ってた。武琉くん料理上手いんだよね?今度食べたいって伝えておいて」
「わかった。まあ、いくらでも食べられるよ。あの子はここへ戻ってくるんだから」
「そうだね」
「逆にこんな」
 と、言いながら。まだ上半身裸のままでいるアキに、身体をすり寄せた。
「ダラダラいちゃいちゃしてられるの、武琉が帰ってくる明後日までだからね」
「あはは、先生。名残惜しい?」
「そりゃそうだよ」
 今日だってバスルームで恥ずかしげもなく淫らな声を上げたり、遊び心で服を隠して、君を全裸のまま部屋の中歩かせたり。楽しかったから。
「…機会はあるよ。これから先、いくらでも。ね?」
「まあね」
「先生、時間。玄関まで送ってくから」
 示された時計は確かに、2時半。もうちょっとくっついていたかったけど、今夜は待っててくれるって言ったしね。

 そっと背中を押されて玄関へ向かう。均整の取れた上半身は、細身のくせに締まっていて逞しい。その身体が、靴を履いたぼくのこと、ぎゅうって抱きしめてくれた。
「いってらっしゃい」
「ん…行ってきます」
「気をつけてね…待ってるから」