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【その瞳に映るもの⑬】 P:06


「帰るとき電話するよ」
「了解」
 ちゅ、って唇を触れ合わせる。なんだか新婚夫婦の会話みたいで、照れくさい。
 上目遣いにアキを見ると、彼も同じことを考えていたのか、ちょっと赤くなって、ぼくを見送ってくれた。
 
 
 
 
 
 普通さあ……たった10分の距離で、ハイヤーなんか呼ぶ?!
 マンションの前にセンチュリーが横付けされてるのを見たときは、まさか自分を迎えに来てるとは思わなかったよ。
 ぼくがタクシー探してきょろきょろしてたら、車の横に立ってた運転手が、「藤崎様?」なんて声をかけてきてさ。後部座席を開けてくれたんだ。
 近いって言ってんのに!
 もう……乗ってる間中、申し訳ないやら恥ずかしいやら。身の置き所がなかった。
 とにかく実家の前へ着けてもらったら、案の定、財布を出す間もなく「ご利用ありがとうございました」なんて笑顔で言われてしまった。
 笠原家の支払いなのか、アキ個人の払いなのか知らないけど、おごってもらって当然だよ。こんな思いさせて。

 久しぶりの実家を見上げ、呼び鈴を押す。早かったね、って言いながらドアを開けてくれた武琉は、ちょっと複雑な顔をして笑っていた。
「…おかえり?いらっしゃい?」
「どっちでもいいよ。お邪魔します」
 肩を竦めて上がると、長いこと留守にしている家のわりに、ちゃんと片付いて掃除も行き届いてる。
 キッチンの方からいい匂いがしていた。
「もう用意始めてんの?」
「うん…せっかくだし、と思って。ここの広い台所使えんの、明日までだから」
「悪かったね、狭いマンションで」
「言ってないだろ、そんなこと」
 適当に鞄を置いて、その辺に上着を脱いでると、武琉が黙って上着をハンガーに掛け、ソファーの端に鞄を置いてくれる。
「…………」
「何?兄貴」
「武琉さあ、ひょっとして料理以外の家事も好き?」
 この不規則な5LDKの家、もしかしてお前が掃除してるのか?
「うちではあんまり、しなかっただろ」
「だって…兄貴がやってくれてたし…」
 言いながらキッチンへ入っていく武琉。オーブンを覗いたり、鍋の様子を見るのが様になってる。
「変な気の遣い方するんじゃないよ」
「え?」
「ぼくに気を遣って、手を出さなかったんだろ。任せていいならやってよね。ぼくが家事苦手だって、知ってるくせに」
 むすっとして言うと、武琉は困ったように頭を掻いていた。
「あ~…悪い。そういうつもりじゃなかったんだけど」
 なんとなく邪魔な気がしたんだって。苦笑いを浮かべてる。
 この子はほんと、自分がいない方がいいとか、自分が邪魔だとか。そんなに居心地悪い思いをさせてたのかな?
 ごめんね、武琉。謝らないけど。
「じゃあ家のこと当番制にしようか…お互いに忙しいときは、臨機応変ってことで」
「…いいのかよ」
「そうしてくれると、ぼくも助かるから。細かいことは、帰ってから決めようね」
「うん!」
 振り返って頷いた、武琉の顔があんまりにも子供の頃と変わらなくて、笑ってしまう。大人なんだか子供なんだか。
 苦手な家事で楽が出来るんだから、ぼくもありがたい。くすくす笑ってカウンターテーブルを回り、武琉の横に立った。
「何、作ってんの?」
「川上(カワカミ)って覚えてる?小6んの時、俺と同じクラスだった」
「覚えてるよ、ご近所だよね」
「うん。おばさんが昨日、おすそ分けだって栗をくれたんだ。だから栗ご飯にしようと思って」
「…へえ」
 中学生男子にしては随分と渋いメニューだな。すっかり主婦だよ。家に帰ってきたら、台所は全部武琉に任せよ。
「あとは鮭ときのこをオーブン焼きを用意してるから、ほうれん草の胡麻和えと…吸い物作るくらい?他になんか食う?」
「十分だって。楽しみ」
「うん…あ、冷蔵庫にチリコンカン入ってるよ。メシ食い終わったら、どうせ酒飲むんだろ」
「え~!どれどれ」
 ぼくが相当な辛いもの好きだと知ってる武琉は、普通よりかなり辛めで、このチリコンカンを作ってくれる。ミートソースの辛いのに、豆が入ったみたいなヤツ。
 いつも行ってるシェーナってカフェで教えてもらったんだって。あそこの店長、ぼくと一緒で酒好きの辛いもの好きだから。
 この間、武琉がうちへ寄った時にも、少し持って来てくれたんだよね。アキにも食べさせてやろうと思ってたのに、うっかり一人で食べちゃって。
「兄貴…つまみ食いすんなよ」
 弟に叱られながら、勝手にティースプーンの出して、冷蔵庫を開ける。密閉容器に入ったチリコンカン。ひとさじ食べると、冷たいままでも十分美味しい。
「ん~っ!おいしっ」
「後で出すってば」
 スプーンを取り上げられ、冷蔵庫を閉められてしまった。残念。
 ははっ、これじゃまるで、ぼくの方が子供みたいだ。