「そういえばアキが、武琉の料理食べてみたいって言ってた」
「俺ので良かったらいつでも」
「余るかな?チリコンカン…アキも辛いの平気だし、持って帰りたいな」
「じゃあ持って帰る分は先に分けとくよ。ついでに栗ご飯も持って帰れば?多めに炊いてるし」
「ありがと武琉」
久々に弟の身体をぎゅうっと抱きしめてみる。いつの間にか彼は、ぼくよりずっと逞しくなっていた。
「なんだよ、気持ち悪いなっ」
「照れるな照れるな」
「照れてねえってば!」
これからはこの子を頼りにすることが、多くなってくるかもしれない。でもそれでいいと思うんだ。
アキとナツくんがそうであるように、ぼくらもだんだん、変わっていくんだから。
「嫌ならナツくんだと思えばいいだろ」
「先輩じゃないし」
ちょっと顔を赤くして、ぼくを引き離そうとする武琉。その顔を下から覗きこんでやった。
「…ナツくんと、どこまで行った?」
「ど、どこまでって…」
「いいじゃん。教えなさい」
何でもかんでも筒抜けの双子なのに、ナツくんは頑なに、武琉とのことを話さないらしいから。アキが聞けないなら、ぼくが聞いておこうかと思って。
「兄貴に関係ないだろっ」
真っ赤になって目を逸らしてる。
最後までしてないのは、わかってるんだよ。そうなったらさすがに、アキもわかるはず。あの双子は痛みが伝わるんだから。
「ナツくん、ここへも来てるんだろ?」
「…まあ、時々」
「どこまでした?押し倒すくらいのこと、やってみた?」
「ばっ…ばかじゃねえのっ!」
「情けないなあ…ナツくんはお前に甘いんだから、強引にヤッちゃえばいいのに」
「出来るかっ」
「じゃあ、どこまで?」
なあなあ、と執拗に聞くぼくのこと、武琉は見ないようにして、ぼそっと呟いた。
「……キスまで」
「だけえ?」
「だけって!大体、俺と先輩はまだ友達なんだよ!十分だろっ」
いい加減離せともがく武琉に、引き離されてしまう。
……友達、ね。まだそんなこと言ってるんだ、生徒会長さんは。ほんとアキの弟とは思えないな。
もういいだろっ!って逃げる武琉とじゃれ合ってたら、玄関の方で「ただいま」という両親の声がした。
顔を見合わせる。今日の本番は、ここからだ。
「とにかく、ぼくが先に話すから」
「わかった」
「自分の言いたいこと、考えてあるね?」
「うん」
ぼくらは玄関まで二人を迎えに行った。きれいな花束を抱えてる母さん。ぼくの顔を見て驚いてる父さん。
両親には悪いと思ってるけど。
武琉は返してもらうから。
昨日いただいたの、と嬉しそうな母さんは、シンプルなのに存在感のある豪華な花束を、食卓のそばへ飾った。
あの8月の日以来、久しぶりで四人一緒にダイニングテーブルを囲む。
武琉の作ってくれた食事は後にして、今はとりあえず四人分のミルクティーを用意させた。これがぼくたち兄弟に取って大事な話をする時の決まりだなんて、両親は知らないけどね。
不思議そうにしてる両親を見つめ、ミルクティーのカップを、ソーサーに戻して。ぼくは口を開いた。
「二人に、話があるんだ」
深刻なぼくの様子に、二人も何事かとカップを置いてくれる。
「どうしたの?一琉(イチル)」
「うん。唐突な話で悪いんだけど、週明けからはまた、ぼくが武琉を引き取るから」
「一琉…」
「せっかく気を遣ってもらったのに、ごめんね。だけどぼくは武琉と一緒に暮らしたい。この子が一人立ちする日まで、ぼくが育てるよ」
両親はとくに驚いた様子もなく、顔を見合わせてる。その表情は、驚きよりも困惑といった感じだった。
「確かにぼくでは、武琉に音楽的なアドバイスを、何もしてあげられない。ぼくが育てたんじゃ、武琉を音楽家にすることはできないだろうけど…それでも武琉を引き取りたいんだ。ワガママ言って、ごめん」
「武琉は?納得しているのかい?」
父さんに聞かれ、ゆっくり頷いた武琉はぼくを見て、口を開く。
「俺、やっぱり音楽家にはなれない」
「武琉…」
「ピアノに触れるのは好きだけど、父さんや母さんみたいには、生きられないと思うんだ。俺にはピアノ以外にも、興味のあるものが多すぎる」
きっぱり言い放つ武琉は、今までのように俯いたり、両親から目を逸らしたりはしなかった。
この子はまだ中学生で、将来の仕事を決めるには早すぎる。もちろん音楽家という職業は特殊だし、やりたいと思うまで待っていたら、間に合わないんだけど。
でもぼくらは、自分で決めたいんだ。自分たちのこと。
「プロを目指しもしないのに、ピアノを続けさせるのは、間違ってるかもしれないけど。武琉も自分の小遣いで出来る範囲にするって言うし、許してやって欲しいんだ」
「俺…父さんたちに、迷惑かけないようにするから」