【その瞳に映るものL】 P:08


 今日、ぼくたち息子から両親に話しておきたかったのは、武琉を連れて帰ることと、このピアノのこと。僕は武琉に、ピアノを続けさせてやりたい。たとえ両親のような、音楽家にはならなくても。

 一通りぼくらの話を聞いてくれた両親。彼らはやっぱり困惑げな表情を浮かべていたんだけど、急に二人で顔を見合わせて。 ……そうして、笑い出した。
「ふふふ…あははは!」
「ははははっ!いや、まいった」
 両親が笑う意味が掴めずに、ぼくと武琉は首を傾げる。何か笑わせること、言ったかな。
「父さん?母さん??」
「ご、ごめんなさいね!でも…ふふ、おかしくって…ねえ、あなた」
「まったく、お前たちときたら…ははは」
 面白いというより、楽しくて仕方ないって感じ。
 困惑するのは、ぼくと武琉の方だ。
「ちょっと、ねえ。真剣な話だって、わかってる?」
「わかってる、わかってるよ一琉」
 さんざん笑い声をあげ、二人は優しく微笑んでぼくたち息子を見つめた。
「そうか、そうなんだね。お前たちは本当に、私たちの仕事を深く理解してくれているんだね」
「父さん…?」
 理解って言われても、ぼくには音楽のことわからないって、とっくに知ってるじゃない。
 何を言い出すのかと首を傾げるぼくに、母さんは自分の飾った花束を指差した。
「この花…誰にいただいたと思う?」
「え?…花?」
 なんだよ急に……。
 そんなこと聞かれても、ぼくは母さんのファンが誰かなんて、知らないよ。知ってるのはうちの校長ぐらいだし。
「昨日コンサートが終わった後、この花束を持って、素敵な人が楽屋を訪ねてくれたのよ。わざわざ仙台まで来てくれたの」
「そう、制服姿でね」
「制服?」
 わけがわからない武琉とぼくに、両親は悪戯っぽく笑ってる。何?誰?
「ふふ…わからない?」
「わかるはずないよ」
「じゃあ彼は本当に、お前たちには黙って来てくれたんだね」
「彼…」
「生徒会長さんよ、一琉の学校の。笠原くん、って言ったかしら」
「先輩が?!」
 ぼくより早く、武琉が声を上げる。
 予想外の話だったけど、ぼくは一瞬でアキの言葉を思い出していた。
 確か昨日ナツくんに用を頼んで、時間を取らせたから、自分が代わりに使いを引き受けたって。アキがナツくんに用を頼むなんて珍しいと思ったけど、もしかして。
「どうして先輩が…」
「武琉とも親しいんですってね。とても礼儀正しくて、素敵な子だったわ」
「…うん」
「突然押しかけて申し訳ありませんって。素晴らしい舞台でした、感動につり合わない花を持って来てしまって、恥ずかしいです…なんて、嬉しいこと言ってくれたの」
「頭のいい子だよ。話が上手くて、表情が豊かで。母さんと一緒に、あっという間に惹き込まれてしまった」
 ちらりと武琉を見たら、まるで自分が褒められてるみたいに、嬉しそうな顔をしてるんだ。
 父さんは目の前のカップを少し奥へやって、肘を突き、指を組んだ。父さんが真剣な話をするときの癖だ。
「…彼が話してくれたよ。お前たちが悩んでいること」
「父さん…」
「笠原君は我々に、一琉が教師になったことを残念に思うかと聞いたんだ。自分にとっての一琉は素晴らしい先生だが、それは父さんたちにとって、望まぬ未来だったのかとね。もちろん私たちは、そんな風に思ったことなど一度もないと答えた」
「…うん」
 知ってる。父さんたちが認めてくれてるの、知ってるよ。
 ぼくが頷くと、母さんも柔らかい笑みを浮かべてくれる。
「笠原くんね、私たちの舞台を見て、わかった気がするって言うの。一琉と武琉が音楽家というものを、何かとてつもなく大きな存在に感じている理由、わかった気がしますって」
 ナツくん、そんな風に思ってたんだ。
 自覚してなかったけど、彼にそう思わせるようなこと、言ってたのかな。
「我々の姿を見ていたから、一琉や武琉にとって音楽は、けして気軽なものだと思えなかったんだろうってね。音楽を始める者は誰しも、その道を邁進しなければならないように思ってるんじゃないかって」
「笑ってごめんなさいね。だってあなたたち、笠原くんが予想したとおりのこと言うんだもの」
 思い出したのか、二人はまた楽しげに笑い出してしまう。
「先輩、なんて言ったんだよ」
「プロを目指さないのに音楽を続けるのは間違いだとか、武琉の小遣いで出来る範囲にするとか、我々に迷惑をかけない、と。そんなことをお前たちが言うんじゃないかと、笠原君が予想していたんだよ」
「本当に相談してないの?笠原くんが推理しただけ?」
 唖然としながら、母さんに向かって頷いた。あの子が凄いのは、知ってたつもりだけど、そこまでお見通しだなんて。
「先輩、めちゃくちゃ鋭いから」
 溜め息を吐いてる武琉も、そんなこと一言だってナツくんには言ってなかったんだろう。