【その瞳に映るものL】 P:10


「双子なんだよ。だから学校でも姓じゃなく、ナツって呼ばれてる。一卵性双生児でお兄さんの方が千秋(チアキ)っていう名前だから、みんなナツアキって」
「アキさんも嶺華生なんだ」
「そっくりなのかい?」
「見た目はね。でも笑った顔はアキくんの方が可愛いよ」
 ぼくが自分の恋人を自慢するのが気に入らなかったのか、武琉はむっとした顔で反論してきた。
「なんだよナツ先輩の方がキレイだろ」
「アキの方が物腰が柔らかいじゃないか」
「でもナツ先輩の方が頼りになるし」
「面白味がないんだよ、ナツくん」
「アキさんの方が意地悪だろ」
「何言ってんの?そこがアキのいいところなんだから。オコサマは黙ってれば」
「趣味悪いんだよ兄貴。ナツ先輩を悪く言う人なんか、いねえじゃん」
「アイドルだもんねえ、ナツくん。武琉なんか、相手にされてないんじゃない?」
「そうじゃねえって、だから…」
 互いの想い人を引き合いに出して、醜く言い争うぼくら兄弟を、父さんたちは物珍しげに見つめてる。でもぼくらはそれに、気付かなくて。
「…一琉と武琉は、本当に二人のことが好きなのねえ」
 母さんのしみじみした言葉に、思わず口を噤んでしまった。
 
 
 
 
 
 実家にタクシーを呼んで、自分の家に着いたのはもう、夜の11時を回った頃。
 アルコールで温度の上がった身体に、夜風が気持ちいい。こんなに楽しい気分なのはのは久しぶりだ。
 結局ぼくら家族は、夕食から自然と酒宴へなだれ込み、武琉の作ってくれる肴をつまみながら、ずっと話してた。
 そのうち父さんたちが演奏会を始めて、今日は武琉もピアノを弾いて。音楽の技術なんかは、ぼくにはわからなかったけど、とにかく楽しかった。
 そうだね。
 ぼくたち家族の中心には、音楽があるんだ。
 両親はそれを仕事にし、弟は趣味にしている。そして、それを聴かせてもらえるぼくはやっぱり楽しい。
 リズムに身体が揺れれば気持ちいいし、柔らかい旋律を聴きながらお酒飲むと、沈黙さえ気にならない。
 そういうのはわかる。みんな一緒だ。
「あ〜、幸せ」
 心からそう呟いた。
 あったかい家族の中で楽しい時間を過ごし、愛しい恋人の待つ家へ帰る。これ以上の幸せはない。
 その時になってようやく、自分がまだアキに電話してないことを思い出した。帰るときには電話するって言ったのに。
 ―――いっか、今からでも。
 足取り軽くマンションの廊下を歩きながら、アキの携帯に電話をかけた。

 ……あれ。呼び出してるのに、出ない。どうしたんだろう?
 不思議に思いながら、自分の鍵でドアを開ける。中から明かりが漏れてるから、いるはずなんだけど。
「ただいま〜、アキ〜?」
 声をかけながら上着を脱いで、テレビの音が聞こえるリビングへ入ってみた。まだ返事はない。
「アキ、いないの〜?」
 ……待ってるって言ったくせに。
 はっとしてソファーを見ると、そこには幸せそうな顔で眠るアキの姿。隣のテーブルに、空の缶ビールが置いてあった。
「…なにそれ」
 待っててもこれじゃ、意味ないだろ!
「アキ!アキってば!!」
 名前を呼びながら身体を揺すってみる。全然起きる気配がない。
 ……ダメだ。絶対朝まで起きないよ。
 せっかく武琉が栗ご飯とチリコンカン、持たせてくれたのに。
「も〜ホントに君は」
 そばに座り込んで、アキの唇に柔らかく口付けた。まったくもう。
 でも……いいよ、今日は特別に許してあげる。君のおかげでぼくも、大切なもの取り戻した。
「可愛い顔して、この子は」
 髪を弄って、口付ける。もうしばらくそうしていたかったけど、先に着替えて、武琉が持たせてくれた料理も、冷蔵庫入れないとね。
 仕方なく立ち上がったぼくは、携帯の着信音を聞いて足を止めた。
 鳴ってるのはぼくのじゃなくて、テーブルに置いてあるアキの携帯。この女性ボーカルの着信音は、ナツくんからだ。
 どうしよう?出てもいいのかな。
 少し迷ったけど、鳴り止まない着うたに携帯を取り上げる。
「ナツくん?」
 先に声をかけると、向こうで戸惑った気配がした。
『あれ…一琉ちゃん?』
「うん。ごめんね勝手に」
『いやいいよ。アキは?』
「寝てる…起きそうにない」
『え〜!ったく、しょうがねーなあ』
 もう一度アキのそばに座りこみ、困ってる様子のナツくんと話しながら、アキの髪を弄る。
 このさらさらの髪、好きなんだよね。
「急ぎだった?」
『うん、まあ…あのさ。アキのそばに封筒ねえかな?A4くらいの大きさで、たぶん設計事務所の名前が入ってる』
「えっと、ちょっと待って」
 きょろきょろ辺りを見回してると、確かにアキの荷物の横には、淡いブルーの大きな封筒。下の方に設計事務所のロゴも入ってる。
 でも同じのが二通あるんだけど?