う〜ん……やっぱり俺、気付かない間に何かしたのかな。
一階のバスルームを出て、自室のある二階へ向かいながら、俺は首を傾げてる。先に風呂入った千夏は、俺の部屋で待っていてくれているはずだ。
千夏の態度が急に変わったのは、あのブレスの話の後から。顔を赤くしていた千夏に、どうした?って聞いたんだけど、答えてくれなかった。
それからというもの、千夏はなぜか、どんどんワガママになっていく。
お茶が飲みたいとか、俺の寄りかかってたクッションを寄越せとか、ピアノが聞きたいとか。
別にそんなの、なんでもないことだけどさ。妙に言い方がいつもと違うんだよな。
俺、余計なこと何か言った?もしくは何かやったのか?
もちろん聞いてみたけど、千夏はふいっと横を向いて「イヤならいい」って小さな子供みたいに黙っちゃうんだ。
千夏に言われてイヤなことなんか、あるわけないし。アレして、コレしてって、ワガママっぽい言い方だけど、内容は大したことないから、俺は全部言う通りにした。
こんなことする人じゃないんだけど。
まあそんな千夏も可愛いから、いいか。
バスタオルでがしがし髪を拭きながら、自室のドアノブに手をかける。
「せんぱ〜い、なんか飲む?」
言いながら開けた部屋。
千夏が俺の部屋で寝るって言うから、布団を敷いてあるんだけど。千夏は俺のベッドに座ってた。
もちろん千夏にベッドの方を使ってもらうつもりだったよ。でも俺が風呂へ行ったときには、布団の上に座ってたんだ。
ベッドのつけてある壁に背中を預け、千夏は膝を抱えて、腕の中に顔を埋めてる。
ちゃんと声をかけてからドアを開けたのに、聞こえてないのか顔を上げない。
だから俺の前で、そういう短いパンツ穿くなってば。きれいな白い足に触りたくなるだろ。
「先輩?なあ、気分でも悪い?」
風呂から上がったとき、のぼせた様子はなかったけど。近寄る俺に千夏は顔を伏せたまま、首を振る。
「…どうしたんだよ」
聞こえてるなら、なんで顔上げないの。
首を傾げる俺の前で、千夏はやっぱり顔を伏せたまま、自分の隣をぱしぱしっと叩いた。
「ここ」
「え?」
「ここ、来い」
くぐもった声。隣へ来いってこと?
風呂上りのアンタに近づくなんて、けっこうヤバいんだけどな。
仕方なくベッドの端に腰掛けると、千夏はちらりと顔を上げ、また伏せて同じ所を叩いてる。
「ココだって言ったろ」
「いや、でもさ」
近いだろ。そこ座ったら、アンタの足に触りたくなるんだよ。
躊躇う俺に千夏は苛立ったみたいで、今度は強く自分の隣を叩いた。思わず溜め息が零れてしまう。
「あのさ…約束したよな?その気もないのに俺を煽るマネするのはヤメるって」
「っ…わかってるっ」
「アンタがどう思ってんのか、知らないけど。俺の気持ちは変わってないよ」
「うっさい!早くしろっ」
いまだに顔を上げないくせして、要求を変えようとはしない。やっぱり千夏の態度は、どっか変だ。
俺は諦めて従うことにした。
自分の机にバスタオルを置き、千夏に近づいて同じように背中を壁につける。触れそうなほど近い隣に座ると、千夏はしばらくして俺の肩に自分の頭を押し付けた。
……何がしたいの、アンタは……
ほんと変だよね。
何があったの?笑顔を見せてくれてたけど、本当は何か泣きたいことがあった?
「…どうしたんだよ」
「なんでもない」
「顔、上げたら?」
「イヤだ」
こんな自分勝手なことばっかり言うの、やっぱ珍しいよな。
そのままの体勢で固まってしまった千夏は、待てど暮らせど動こうとしない。
「黙っててもわかんないって」
「…………」
やっぱり俺が何かしたってこと?
ブレスの話をするまでは、別にいつも通りだった。あの時まで見せてくれてた笑顔が、見せかけだったとは思えない。
「先輩ってば」
「…………」
「なあ、もうワガママ言わないのか?さっきまで色々言ってただろ」
ピアノ聴きたい。俺の部屋行きたい。風呂入りたい。
ほんと聞いたことがないくらい、さっきまでの千夏はワガママだった。
「もうおしまい?して欲しいことない?」
アンタの望むことなら、俺は出来る限りのことをするよ。
いつも人に気を遣ってばかりのアンタだから。俺くらいは甘えさせたいんだ。
「…………」
黙りこくってる千夏の髪に触れる。その瞬間、固まってた身体はびくっと震えた。
なんだ、やっぱ俺が怖いんじゃん。
「じゃあとりあえず、何か飲むもの取ってくるからさ。ちょっと待ってて」
離れていこうとする俺の手を、慌てた千夏が強く引きとめた。
「…っ!行くなっ」
「え?…先輩?」
「なんにもいらないからっ!…だから、行くな…ここにいろ…」
「…うん」