千夏に手を握られたまま、上げかけた腰をおちつける。俺の手を握って、下を向いて。ぺたりとベッドに座ってる千夏は、僅かに震えながら、動こうとしなかった。
―――あのさあ……。
俺、けっこうヤバいんだけど。
今日は一晩中千夏と一緒だから、変な気を起さないように、さっき風呂で抜いたんだよ。先に処理しとけば、朝まで平気かと思って。
でも直後にこんな態度取られたら、余計な勘違いをしそうだ。
「どうしたんだよ」
何か言えってば。都合のいいように考えちゃうじゃん。
「…なあ、ひょっとして俺の理性、試してんの?」
ため息吐きながら低い声で言うと、千夏は急に顔を上げた。
「ちが…っ」
やっと見られた千夏の顔は、なんか泣きそうになってて。理由はわからないけど、追い詰められてるみたい。
「先輩?」
「ち、違うんだ。試すとか、焦らすとか…逃げるとか、そんなの、考えてなくてっ」
必死に言い訳してる。
「…焦らすと逃げるは言ってないけど。そんなこと考えてたんだ?」
嫌味を言う俺に、千夏はふにゃりと顔を歪めた。ほんと、どうしたんだよ。
「違う…これはその、昨日一琉ちゃんが」
「兄貴?…兄貴が、なに」
「じ、焦らしてるのか、逃げる気なのかって言われて…オレ、そんなつもりなくて」
「先輩…」
手が震えてる。唇も。
何かを言わなきゃって焦ってるのがわかるんだ。瞳がだんだん濡れて、何度も噛み締めてる唇が赤くなっていた。
「タケル…なあ。なんでオレ?オレなんかのどこがいいの?…わかんないよ…」
耐えられる限界だったんだろう。きれいな瞳から、涙が零れて来た。
俺の手を掴んで、掛け布団握り締めて。下を向いた千夏が泣いてる。
「オレ、お前といたらワガママばっかで、情けないとこいっぱい見せて…タケルのこと、ずっと振り回してる。…なのになんでお前は、ずっと優しいの?どうしてオレを見捨ててしまわないの…」
鼻をすすりながら吐き出す言葉は、涙に掠れて弱々しかった。自信を持てない千夏が儚げで、思わず抱き寄せると、千夏はそうっと俺の身体に腕を回してくれる。
頭を押し付けられた所のTシャツが、千夏の涙で濡れていた。
「いつかお前に見捨てられたら、オレきっと立ち直れない…これ以上お前のこと、好きになりたくない」
―――え……?
これ以上好きになりたくない?それはつまり、もう俺を好きになってるってこと?
かあっと顔が熱くなった。
千夏が泣きながら話してるのは、俺への告白なんだって。いつかの夜の答えなんだって、ようやく気が付いた。
「千夏…」
あの時は許してもらえなかった名前を、囁いてみる。千夏は首を振って、俺のシャツを握り締めた。
「ヤダ…」
「なんで?」
「名前、呼ぶな…これ以上お前のこと好きになったら、耐えらんない…」
ああやっぱり、また言ってる。これ以上俺を好きになりたくないって。
いつもの千夏からは考えられない、逆説的でわかりにくいセリフ。
これ……俺への告白なんだ。
「千夏」
もう一度呼ぶと、千夏は子供みたいに首を振って嫌がっていた。
アキさんの言葉が蘇る。
千夏は怖がりだって言葉。
本当なんだな。アンタどこまで怖がりなんだよ。何も始まってないのに、なんで終わることしか考えないんだ。
「じゃあアンタに名前を呼ばれるたび、どんどん好きになってく俺は、どうしたらいいんだよ」
「って…だって」
「何も始まってないだろ。先に終わりを考えるなよ…そんな暇あったら、ちゃんと最初から、俺と始めて」
「タケル…」
「アンタが好きだよ」
俺が真摯に囁いたら、千夏はようやく顔を上げてくれた。
めちゃくちゃ泣いてる。もう目が真っ赤だ。俺は千夏の目蓋に唇を触れさせた。
「千夏が、好きだ」
「やっ…やだ」
「仲間のために、家族のために、いつも頑張ってるアンタを見てるから。俺はアンタを甘えさせたいって、ずっと思ってた」
誰からも頼られるアンタの後姿が、俺には頼りなく見えるんだ。そう思うたびに、アンタが愛しくなる。
「千夏の弱い所、いっぱい見たいんだ」
「…もう、見てんだろ…」
「もっとだよ。もっと見せて…俺の前でいっぱい泣いて」
唇を塞ぐ。一度離して、また重ねて。口の中を舐める。
「んっ…ん」
千夏は頑なに握っていた手を開くと、俺の腕に縋ってくれた。
「好きだよ…」
改めて囁く俺に、千夏は涙で濡れた睫を何度も上下させながら、迷っていて。
―――泣いたまま、頷いた。
「千夏…」
「うん…オレ、も」
震える唇がゆっくり開いてく。
「…き…タケルが、好き…だ」
待ち焦がれていた答え。千夏の唇から零れたそれは、まるで奇跡でも起きたみたいに感動的で、俺まで泣きたくなってくる。
ずっと待ってた。