ずっとベッドの横に座って、千夏の髪を撫でてるけど、千夏は背を向けたまま全然こっちを向いてくれない。
薄いカーテンを通した光が翳って、もう暗くなり始めてる。
「千夏ってば…なあ。ごめん」
ベッドの中からカチカチと音がして、俺の握ってる携帯が鳴った。開いてみると、目の前にいる千夏からのメール。
≪うるさい、黙ってろ≫
溜め息が零れてしまう。起きてからずっと謝ってるのに、千夏は全然許してくれないんだ。
まあそれは当然で、悪いのは全面的に俺なんだけど。
俺の暴走が止まったのは、明け方のことだった。自分の下にいる千夏が、失神して痙攣してるのに気付いたとき。
ほんと焦った……目が覚めなかったらどうしようかと思った。
慌てて肩を揺すって、ようやく自分が無理矢理、何度もしたことを思い出した。
もうやだって、出来ない、無理だって、千夏に言われたのに聞けなくて。何度も何度も「もう一回だけ」って言いながら、俺は千夏の身体に溺れてしまった。
汗と精とでどろどろになっていた千夏の身体。あたふたとバスルームに走っていって、絞ったタオルを持ってきて拭いたんだけど、なによりもうシーツがぐちゃぐちゃになっていたんだ。
ぐんにゃりと動かない千夏を抱き上げ、敷いてあった布団に下ろした。
青白くなってる千夏の身体に、自分の残した赤い痕がいっぱいついててびっくりした。
ベッドのシーツを引っぺがしたり、布団カバーを替えたり……混乱してたから全裸で動き回って。もう一度千夏の身体を拭いてから、ベッドへ寝かせたんだ。そうしたらようやく千夏が、目を覚ました。
またすぐに眠りに落ちたけど……それはもう、昏睡状態ってくらいに。
でもひとまず安心して、俺も隣に横になって。目を覚ましたら千夏は、動くことも話すことも出来ない状態になってた。
ジェスチャーで携帯を持ってこいって言われてから、ずっとこの状態。悲鳴を上げすぎて声を嗄らしてしまった千夏との会話は、全部メール。
昼過ぎに目を覚ましたときは、指一本動かせない状態だった。ようやく携帯を打てるようになったんだけど、千夏はまだ俺を許してくれない。
携帯が鳴る。開くとメールが着てる。
≪水!≫
「う、うん」
よっぽど喉が痛いみたいで、千夏は何も食べられないまま、水分だけ補給してる。それを俺の口移しで飲んでるあたり、嫌われたわけじゃないと思うんだけど。
枕元に置いてあったペットボトルを口に含み、千夏に口付ける。
……甘い唇が恋しくて、舐めてしまって噛みつかれたのは、ついさっきのこと。
「なあ…してほしいことない?他にいるものとかさあ…」
沈黙は自業自得だとわかってるのに寂しくて、千夏の髪を弄りながら聞いてみる。もそもそ布団の中で身じろぎした千夏から届いたメール。
≪一人で反省してろ≫
うう……してるよ。反省してる。
「ごめんなさい…」
でもすごい幸せで、すごい気持ち良かったんだよ。言ったら怒られるから、言わないけど。
溜め息を吐いてしまう俺の携帯がまた鳴った。ふと見ると、それは目の前にいる千夏からのメールじゃなかった。
千夏も怪訝な顔で振り返ってる。
「あの…兄貴から、電話。出てもいい?」
頷く千夏を見つめながら、通話ボタンを押した。また千夏は携帯を弄ってる。
「もしもし」
『…お前、何したの』
低く憤ってるような、兄貴の声。
忘れてた。千夏の痛みは全部アキさんに伝わっちゃうんだった。
「な、何ってその…」
千夏が俺に携帯を見せてる。液晶画面に並んだ文字。
≪アキの様子聞いといて≫
え……俺が聞くの?!
『武琉!』
「はいっ」
『何したんだって聞いてるんだよ!』
「えっと、だからその…兄貴、アキさんと一緒?アキさんどうしてる?」
兄貴からの質問をはぐらかし、恐る恐る聞いてみると、兄貴は嫌みったらしくわざとらしい溜め息を吐いた。
『寝込んでるよ』
「ええ!どうしたんだよっ」
『どうした、はこっちのセリフ!約束の時間なのにお前は帰ってこないし、さっき笠原の家に電話したらナツくんは帰ってないって言うし…アキは昨日から熱が下がらないし。これ、お前のせいだろ』
「あ…」
うわ、どうしよう。
じいっと見つめる千夏の視線に耐えかねて、俺は正直に兄貴の言葉を伝えた。
「アキさん、熱出して寝てるって…」
千夏の顔が赤くなる。それからまた何かを打って。携帯を差し出された。
≪勝手に言い訳しとけよな≫
「え?お、俺が?!」
なんて言うんだよっ!
驚く俺を当然って顔で睨んで、千夏は背を向けると布団にくるまってしまう。
千夏……俺、アンタみたいに上手く説明したり出来ないよ。
『武琉っ』
「うわ、はいっ!」
『もういい。お前じゃ話にならないから、ナツくんに代わって』