「神無祭がどうというより、嶺華で父兄参加が認められている公式行事。もしかして初めて参加されるんじゃないですか?」
「まあ…そうですね。高等部には参観日もありませんし」
俺を見上げて首を傾げる藤崎先生。だったら驚くだろうな。
一般的に俺や藤崎先生が知っている体育祭と、嶺華の神無祭には、大きな隔たりがあるんだ。
「俺は去年、こいつらに誘われて覗きに行ったんですけどね。凄いですよ、嶺華の学校行事は。まるで金持ち交流会です」
俺の言葉を聞いた藤崎先生は、メガネ越しの瞳を大きく見開いて、ナツアキを交互に見ている。
「なに…それ」
「一琉ちゃん、マジで他の先生から何も聞かされてねえの?菅(スガ)ちゃんとか、山野(ヤマノ)先生とかさ」
「とくに変わったことは聞いてないよ。どういうことなんだい?」
ナツアキが再び顔を見合わせ、重たい溜め息を吐いた。
そうして、ナツは少し表情を厳しくすると、テーブルに放り出していた書類の束をアキに押し付ける。
「コレはお前に任せる。オレはもう、アタマに入れたから」
「わかった」
「一琉ちゃんの担当は全部外すから、本部で保護しといて」
「うん」
「お前も出来る限り一緒にいろよ。絶対に一琉ちゃんを一人にすんな」
「了解」
慌しく鞄を開き、神無祭のスケジュールらしいものを取り出すナツを見て、話に置いていかれている藤崎先生は、苛立ったように眉を寄せた。
こういうところがなあ……双子のコンビネーションをさすがだと思う反面、排他的だとも思うんだよな。
最近はマシになったものだったんだが、生まれついてのものは、そうそう変えられないだろう。
可愛がっている恋人にまで後回しにされて、ご機嫌斜めの藤崎先生のため、俺は時間的に閑散としている店内を見回して、説明役を引き受けてやることにした。
「藤崎先生。先生のご両親は確か、高名な音楽家だと伺いましたけど」
「ええまあ…高名かどうかはわからないですが、音楽家は音楽家ですね」
「でしたら、あなたを経由してでもご両親に近づきたい、何かしら有益な関係を築きたい、と考える企業家も、いるんじゃないですか?」
「ぼく、ですか?ぼくは両親の仕事に、一切関係してないんですよ?」
意味がわからない、とでも言い出しそうな藤崎先生。そうなんだなよな。
俺もそう思うんだけどさ。
去年、ナツに少しばかり協力してやった俺は、二人に誘われ入場証をもらった。
ちょうど店が休みの日だってのもあって、軽い気持ちで嶺華の神無祭を覗きに行ったんだ。
どうせ運動会だろ、と思っていた俺の目の前で繰り広げられていたのは、そこが学校だと信じられないような、金持ち同士の大交流会。飛び交う名刺交換。あの手この手の営業トーク。
書類に目を通していたアキが顔を上げ、苦笑いを浮かべている。
「先生がどう思ってるかは、この際関係ないんだよね。最近はとくに芸術関係の社会貢献に力を入れてる企業や、団体が多いから。…気を抜いてると、取り囲まれて身動き取れなくなっちゃうんだよ」
「ほんとに?」
「うん。もちろん一切無視しちゃうのも手なんだけど、先生のご両親にもスポンサーや、協力関係にある企業があるから。そういう関係の方は頭に入れておかないと、下手なこと言って足元すくわれたら大変なことになるし」
「…体育祭に関係ないでしょ」
学校行事のメインは生徒だと藤崎先生は言うが、それにはナツが肩を竦める。
「どう言ったって聞かねえんだよ。嶺華の生徒にそういう関係者の子供が多いってわかってっから、こういう行事は親の方が、てぐすねひいて待ってる」
「その為に自分の子供を嶺華へ入れる親御さんが多いのも、事実だし」
「まあ父兄が参加出来んのは、神無祭と年明けの嶺華祭ぐらいだから。すぐ慣れるって。大丈夫大丈夫」
双子の意見ではアテにならないと思ったんだろう。藤崎先生は困った顔で、俺を見上げた。
「マスター…去年その様子、見られたんですよね?本当にそう思いますか?」
改めてそう聞かれたら、俺としては苦笑いを浮かべるしかない。
幼稚園の頃から嶺華にいるナツたちは大丈夫だなんて、平然と言ってのけるが。俺には一般人がすんなりあれを受け入れられるなんて、到底思えなかった。
かと言って、今から藤崎先生を脅しても、どうなるもんでもねえしな
「俺は見てただけですけど、自分が無関係で良かったとは思いましたね。…まあ、こいつらがいる間は、大丈夫なんじゃないですか?」
しかし残念なことに、ナツアキは来年の三月で卒業だ。
藤崎先生は溜め息を吐いて、アキを見つめている。
「とりあえず明後日の神無祭は、君に任せておけばいいんだね?」