【その瞳に映るものN】 P:05


「よう、まどか。早かったな」
「着替えずに学校から直接来たから、思ったより早く着いちゃった」
「タケルも、いらっしゃい。兄貴とナツアキはもう来てんぞ」
「…こんにちは」
 二人がクラスメイトだということは、この店で発覚した偶然だ。
 それにしても、二人の通う中学から店まで、けっこうな距離があるはずなんだが。
「一緒に来るのは珍しいな…。まさかタケル、ずっとこいつを乗せて来たのか?」
「ううん。私はバスだったんだけど、向こうのバス停で自転車乗ってる藤崎くんにばったり会って、乗せてもらっちゃった」
「なるほどね。まあ入れよ」
 ドアを開けてやると二人は店へ入り、それぞれ、まどかはバリスタの元へ、タケルは素早くナツの元へ飛んでいく。
 兄貴じゃなく、タケルはナツのところへ脇目も振らず向かっていくんだ。
 兄弟同士で付き合ってるって、面白いよな。

 また今日もナツが、周囲を気にしながらもタケルを見て、嬉しそうな顔をするんだろうな、と。
 二人の様子を眺めていた俺は、僅かに眉を寄せた。
 ―――今、なんか……
 おかしくなかったか?
 タケルを迎えてやるナツの表情が、一瞬険しく見えたんだが。気付いたときにはもう、いつも通りに戻っている。
 気のせいか?
 しかし俺は、長いこと接客業をやっていて、こういう自分の勘を信じることにしているんだ。
 ……ナツはああ見えて、自分の気持ちを表に出さねえからなあ。どうしたもんか。
「ねえ、吉野さん。美沙ちゃんは?」
 バリスタのそばからまどかに聞かれ、俺の中でふいに、ナツの様子とこの、世間では美少女で通っているまどかが繋がった。
 まさか嫉妬か?
 いや、ナツに限って……それも、あんなけナツに夢中なタケルを見てて、思うかねそんなこと。
「吉野さんってば」
 まどかに急かされた俺は、とりあえず考えることを中断した。
 俺がガタガタ言っても仕方ない。
「オーナーはまだ厨房だ。お前、何か飲んで待ってろよ」
「じゃあアイスラテお願いします」
 人懐っこい笑顔でバリスタに話しかけるまどかが、渡されたグラスを片手に店内を振り返ると、ナツが笑顔で立ち上がった。
「久しぶりだね、まどかちゃん。もし良かったら、一緒にどう?」
「あ、ナツさん!お久しぶりです、いいんですか?一緒でも」
「もちろん。まどかちゃんがいいなら」
「嬉しいです!…わあ!ほんとにそっくりなんですね。お二人が揃ってるところ、初めて見ました」
 双子を初めて見た人間の、よくある光景だ。何事もなかったかのように柔らかく笑いながら、ナツはまどかのために空いた席を引いてやっている。
「どうぞ?」
「お邪魔しま〜す」
 うちのオーナーでも同じなんだが、ナツはかなりのフェミニストで、女性と同席する際には必ずああして椅子を引いてやる。
 その様子に変化は感じられない。むすっとしているのは、いっそタケルの方だ。
「初めてだよね?オレの双子の兄貴で笠原千秋と、タケルの兄さんでオレらの先生。藤崎一琉センセ」
「こんにちは、はじめまして。藤崎くんの学校のクラスメイトで、皆見まどかって言います」
 ナツに引いてもらった席に座りながら、まどかはにこにこと微笑んでいる。
 あいつは昔から周囲に大人が多くて、色んな人間に関わったせいか、こういうとき本当に物怖じしないよな。
「こんにちは。武琉と同い年なのかい?大人っぽいんだね」
 藤崎先生からいきなり言われても、平然としたものだ。
「そうですか?学校では藤崎くんの方が、中学生に見えないって言われてますよ」
「まあ…図体だけはデカいからねえ」
「なんでそういう言い方するの先生は…。こんにちは、はじめまして。…僕もまどかちゃんって呼んでいい?」
「はいっ。…ええと、じゃあアキさんって呼んでいいですか?藤崎君がそう呼んでるの、何度か聞いてて」
「うん。好きに呼んで?」
 楽しそうな会話に一人で不貞腐れているタケルに近づき、持っていたトレイで軽く小突いてやった。
 いつになったらお前は、この時間帯がセルフサービスだって覚えるんだ。
「タケル、お前は何にするんだ?持ってきてやるよ」
「あ…すいません。じゃあ…」
「アイスミルクティー。だよな?」
 横からナツにセリフを掻っ攫われたタケルは、ようやく笑顔を見せた。
「うん」
「お前ほんと、飽きないよな」
「先輩だっていつも同じだろ…」
「何で?オレは同じイタリアンソーダでも中身が違うんだよ。昨日はオレンジ、今日はグレープフルーツ」
「…大して変わんないでしょ、それ」
 アキにツッコまれたナツが違うんだと主張しているとき、ようやく作業を終えたのか、うちのオーナーが登場した。

「まどかちゃん、待たせてごめんね〜」
「美沙ちゃん!全然大丈夫。私が予定より早く来ただけだから」