「…はい、まあ…その。楽しそうですね」
「そういえば僕、前にまどかちゃんと武琉くんの学校行ったんだよ。コンビニ近くて便利だよね」
「あ、あれってアキさんだったんですか?私てっきりナツさんだと思ってた。大変でしたよあの後、みんな噂してて」
「そうなんだ?じゃあナツってことにしておいて」
にこにこ笑うアキのそばで、ナツと藤崎先生は、とうとう「武琉はぼくの弟だ」とか「タケルはオレのだ」とか言い始めている。……それで付き合っているのを隠している気なのか、ナツ。
立ち上がったナツに抱き寄せられ、タケルはみっともないほどやに下がっていた。
その頭を、トレイの角で小突いてやる。
「嬉しそうな顔すんな」
小声で言うと、本当に幸せそうな顔で見上げやがって。お前、独り身の長い俺にそんな顔して見せて、あとで覚えてろよ。
肩を竦めた俺はその場を放棄し、厨房へ向かった。
オーナー様に命じられた荷物を取りに厨房へ入っていくと、中ではよほどこき使われたのか、シェフがぐったりと折りたたみの椅子に座り込んでいる。
「終わったみたいだな」
「ほんまもう…久々に鬼モードやったで、オーナー」
「出来たのどれだ?表へ運べって言われてんだよ」
「どれって、これ全部やんか」
「……マジか」
結構な量だぞコレ。
俺の視線の先には、差し入れの詰められた箱が積み上がっている。隣に置いてある大きな紙袋に入れろってことなんだろうが……いくつになるんだ?
仕方なくシェフに手伝わせ、肩からかけなければ持てないような、大きな紙袋に入れていくと、袋の淵までギリギリに詰めて4つになった。
「アイツまどかにも持たせる気か?」
「ムリちゃうのん。結構重たいで」
「だよな」
とはいえ今日は、バイトのいない日だ。どう考えても運搬に店の人間は割けない。
「何とか考えてはるんとちゃう?向こう着いたら、誰かおるんやろうし」
「そうだな」
俺がそこまで心配してやるいわれはないだろう。
引き続きシェフに手伝わせて表へ運び、店の入り口近く、満席の際に客を待たせるベンチへ並べていると、美沙と一緒に行くまどかが、目を丸くした。
「それ、全部?!」
「みたいだな」
「え〜、どうやって運ぶの!」
「知らねえよ。オーナーに聞け」
突っぱねる俺に、まどかは眉を寄せて溜め息を吐いた。
悪いな、まどか。そこまでは面倒見切れねえよ。
時計を見上げ、シェフを振り返った。
17時。あと一時間もすれば、会社帰りの客が増えてくる。
「そろそろフードの出だす時間帯だろ。とっとと厨房戻って、用意始めろよ?」
「な…なんやねんなっそれ!ちょっとは労ってえや、頑張ってんでっ」
「お疲れさん」
「それ労ってないしっ!ほんっまオーナーもマスターも、結局似とんねんからっ!どこまでマイペースやねんなアンタらはっ」
喚くシェフに、バリスタが笑ってグラスを差し出した。
「お疲れ様でした。これ飲んで、一息ついたらもう少し頑張ってくださいね」
「オレに?!う、わっめっちゃ嬉しいっ!わかってくれんの、お前だけやわ〜!」
「…御託はいいから戻りなさい」
「冷たっ」
「冷たくて結構です。ほら持って!」
笑顔のまま突き放され、グラスを押し付けられたシェフが、すごすごと退散していく。うちのバリスタも、笑顔でキレるタイプなんだよな。
一通りのやり取りを笑って見ていたナツは、すうっと目を細め大きな紙袋に目を遣って「まどかちゃん」と話しかけた。
「はい?」
「アレ、どこ持ってくの?」
「ああ…えっと劇場へ持っていくんです」
「劇場?」
「はい。うちのパパ、劇団をやってて…って私、言ったことなかったでしたっけ」
そういえば、と笑うまどかに、ナツもクラスメイトのタケルさえ目を丸くする。
「聞いたことないよ。…あ!あれかな?この店の名前をつけたっていう、劇作家」
「そうそう。それうちのパパのことです。美沙ちゃんの弟さんが劇団の役者をしていて、その劇団の主宰がパパで。私と美沙ちゃんが知り合いなのも、そのせい」
「そうなんだ!吉野さんは知ってたの?」
「当たり前だろ。美沙の弟で役者してるのが、俺のダチだからな」
「ああ〜なるほど〜」
それで色々納得がいった、と。ナツは一人で頷いていた。
タケルの方はまだよく繋がっていないみたいだが、面倒だからあとでナツに教えてもらえ。
「今日、劇場で場当たりがあって…」
「場当たり…?」
「えっと…場当たりって言うのは、実際に舞台を使ってやる、通し稽古の一種なんです。照明とか舞台のセットとか、そういう段取りを全部やるの」
説明するまどかに、ナツは興味津々の顔をしている。
お前は相変わらず、何にでもそうやって興味を持つよな。そのせいで自分の仕事を増やしてるって気付いてるか?