【その瞳に映るものN】 P:08


「ゲネプロっていうのとは違うんだ?」
「ゲネはまだ後かな。幕が上がる直前に、衣装まで公演と同じ状態でやるのがゲネプロなんです」
「へえ…面白そう」
「今日の場当たりは時間がかかるんで、美沙ちゃんと一緒に差し入れ持ってくことにしたんです。うちのパパ、夢中になると食事忘れちゃうから」
 ほんとに子供なんだから、とまどかがやけに大人びた口調で言ったとき、着替えたオーナーが戻ってきた。

「まどかちゃ〜ん、お待たせ〜」
「美沙ちゃん…すごい荷物だね」
 並んだ紙袋指して、まどかが言う。
 公演関係者に配られる差し入れは、人数が多い分、どうしても結構な量になってしまう。それは毎度のことだが、いつもは俺が車と一緒に連行されたり、劇団の人間が引き取りに来るんだ。
 今日は二人だけのくせに、一体どうやって運ぶ気なんだか。
「アンタどうやって向こう行くんだよ」
「そうなの〜。タクシー呼ぼうとは思ってるんだけど〜」
 美沙が少し困った顔で「調子に乗っちゃった〜」などとのんきに呟いていると、ふいにナツが立ち上がった。
「じゃあうちの車、使ってよ。タクシーよりは役に立つから…アキ、電話」
「了解」
 ナツに言われてアキが携帯を取り出している。唐突な申し出に、さすがの美沙も驚いた顔になった。
「いいよ〜。帰り困っちゃうでしょ〜?」
「大丈夫だって。美沙さんたちを降ろしたら戻ってもらうし、時間がかかるようなら別の車を用意させるからさ。荷物運びいた方が、便利だろ?」
 うちの運転手は力持ちだよ、なんて。
 笑顔で言うナツが美沙の方へ歩いてくると、その後姿に電話を切ったアキが、携帯を閉じながら声をかけた。
「ナツ、5分くらいで来るって」
「な?もう呼んじゃったし、使ってよ。女性が運ぶには重いって。それに劇場にいる人たちは仕事してるだろうから、着いてから呼び出したりして、煩わせるのもちょっと気が引けるだろ?」
 双子のコンビネーションの良さを目の当たりにしても、美沙は困惑している。
「え〜いいのかなあ…」
「いいって、大丈夫。美沙さんにはお世話になってるしさ。外まで運ぶの手伝うよ。タケルお前も手伝え」
「うん」
 ナツに言われてタケルも立ち上がる。
 美沙はしばらく迷っていたようだが、結局は嬉しそうに頷いた。
「じゃあそうさせてもらう〜。ナツくん、ありがと〜」
「どういたしまして。向こう着いたら、うちの運転手に運ぶの手伝ってもらって」
 タケルと二人で荷物を持ち、俺たちに挨拶の言葉を口にするまどかと美沙をつれて、ナツが店の外へ出ていく。

 その後姿を見つめながら、アキは溜め息をついた。
「…ほんとバカなんだから。あの子は」
「何が」
「ナツ。普通にしてるけど、かなり堪えてるみたい」
 藤崎先生と顔を見合わせた。ナツの様子は、かなり普段どおりだと思うが。
「何に堪えてるって?」
「武琉くんとまどかちゃんだよ。さっき一緒に自転車乗って来たじゃない?あれ見てからナツ、また一人でぐだぐだ考えてる」
 俺自身の頭を過ぎった疑念。
 双子のアキには、もっとハッキリ伝わったようだ。
「やっぱりそうなのか?タケルが来たとき一瞬、顔つき変わったよな」
「鋭いね、吉野さん。あの子あんまり、顔に出さないんだけどね。そう言うときほど面倒なんだよ」
「根暗だねえ…ナツくんは」
 思い当たる節でもあるのか、藤崎先生も頷いている。
 俺にも思い当たることがあった。
 ナツはいつも、自分が傷ついたり辛くなったときほど、普段通りの顔で笑ってみせる。
 自分の素性を隠していたタケルが、当時対立していた藤崎先生の弟で、自分より四つも年下だと知った時もそうだ。
 立っていられないくらい動揺していたくせに、必死で笑っていた。
「武琉くんが気付いてくれるといいんだけどね」
「ムリだよ、武琉には。あの子はナツくんがクラスメイトに笑いかけるだけで、隠す気もないくらい妬いて、ムカついた顔するんだから」
「フォローしてたのナツだもんねえ」
 どうしたものかと、アキが苦笑いを浮かべているとき、表へ美沙たちを送っていった二人が戻ってきた。
「お疲れさん」
「全然。あ、美沙さんが吉野さんに、店を閉めたら迎えに来てくれって」
「はあ?!俺かよっ」
「来なかったら怖い思いするって言ってたよ」
 くすくす笑って、自分の席に戻っていくナツ。
 その様子に変化は見られないが、アキが俺と藤崎先生に肩を竦めて見せているくらいだから、やっぱり気持ちは暗く沈んでいるんだろう。
 
 
 
 しばらくは相次いだ新しい客の相手をしながら、遠目に四人の姿を見ていた。
 こうして離れて見ていると、アキの言うことがよくわかる。
 ナツはいつもと違い、タケルとの会話の中でちょくちょく視線をさ迷わせるんだ。