ちょっと顔を上げて、バリスタに微笑んで見せている。
双子に見守られながら、ふうふうと冷まして口をつける直人のことはナツアキに任せ、俺は少し離れた感じで見ている藤崎先生のそばに立った。
「先生。いいんですか?アキを取られて」
ナツアキたちの会話を邪魔しないよう、小声で話しかける。
もしあれがタケルや他の嶺華の生徒だったら、嫌味の一つも出てくるところだ。
「諦めてますよ、藍野くんのことは」
「…手厳しい藤崎先生にしては、珍しいですね」
俺の言葉に藤崎先生は、溜め息をついてしまった。
「店長は生徒会での三人を、ご存じないから。凄いですよ、双子の藍野くんに対する過保護っぷりは。もう嶺華じゃ、誰も彼らに立ち入りません」
「…学校でもあの調子なんですか?」
お前らなあ……。
藤崎先生とアキのことばっかり言えないだろ、ナツ。
ちらりとタケルを見遣れば、こちらは兄貴のように達観できないらしく、拗ねた顔で眉を寄せていた。
「ほらナオ、いいから言ってごらん?思いついた言葉から話して。ちゃんと聞いてあげるから」
「うん…ごめんね…」
「謝らなくていいんだよ。どうしたの?」
「…惺(セイ)さんに、何を言われたんだ」
訳を聞こうとするアキに任せっぱなしだったナツが、いきなり言いだした。
藍野惺は直人の保護者だ。実際に会ったことはないが、バイトで雇ったとき履歴書にその名が書かれていた。
ついでに直人がその人に対して、崇拝に近いような溺れ方をしていることなんて、この店の者なら誰でも知っている。
「ナツ…なんでわかっちゃうの…?」
「誰でもわかるって、それくらい。神無祭のことか?惺さんが来られないのなんか、いつものことじゃん」
「うん…」
「お前また誘ったのかよ…何度同じことばっか繰り返すんだ?いい加減、諦めれば」
突き放すようなナツの言葉に、アキの視線が鋭くなる。
「なんでいちいち、ナツはそうやってヒドい言い方するのっ」
「どう言ったって同じだろ。直人お前、まさかそんなことで落ち込んでんのか?」
「いい加減にしないと怒るよっ!どんなことでもナオが傷ついてることに、変わりはないんだからねっ」
「アキこそいちいち、そうやって何でもかんでも、直人の味方すんな」
「言い方のことを言ってるんでしょ?!」
「ご、ごめんね。ケンカしないで。俺が悪いのはちゃんとわかってるから」
「ナオ…」
「わかってるんだ…ごめん」
言い争う二人に、直人はいっそうしょげてしまう。辛そうなその様子に、ナツも言葉を収めた。
「ったく、お前はもう…」
少し乱暴なくらい、直人の髪をまぜっかえして。溜め息を吐いたナツは、それで?と話の続きを求めた。
「どうしたんだよ…何、言われた?」
「うん…あの、あのね?今年の神無祭ってじいサマも来られないんだよね?」
「そうだね。おじい様、最近ちょっと体調が悪いから…お医者様に止められたみたいだよ」
三人の言う「じいさん」はナツアキの祖父のことで、今の日本経済を築いたとも言われる大人物だ。
直人と笠原家に血縁的な関わりはないらしいが、直人はその人のことを、自分の祖父のように慕っている。
「その…いつもはさ、じいサマが見に来てくれて、それを惺に話してくれるだろ?今年の神無祭は無理だから、だったら惺が来てくれないかと思って…」
「来られないって言われたんだろ」
「うん…一応、条件を出してくれたんだけど、俺がそれをクリアできなくて…でも諦められなくて…」
「条件?惺さん、何を条件にしたの」
「…中間テスト」
「は?…なんだそれ」
「中間テストで30位以内に入ったら、見に来てくれるって言ったんだ」
直人の言葉にアキは少し眉を寄せ、ナツは盛大に溜め息を吐いた。
嶺華はエスカレーター式だってこともあって、成績の上下差が激しい学校だが、常に上位の点数を弾き出す双子と違い、直人の成績はそれほどじゃないはず。
「お前なあ…」
「それは…厳しいでしょ。直人には」
「うん…頑張ったんだけどダメで、でも今までで一番順位良かったんだよ?だからさっき家で、少しでもいいから来てって言ってみたら…惺が、結果も出せないくせに偉そうなこと言うなって…言って…」
よほど冷たく撥ね付けられたのか、直人の声はどんどん小さくなっていく。
双子はほぼ同時に溜め息を吐き出した。
「なんでもっと早く言わないの…」
「そーだよ。せめて中間の前に言えば、何とか出来たんじゃねえか。終わってから嘆いてどうすんだ」
「…だって」
「何だよ?」
「だって二人とも、ずっと忙しそうだったから」
俯く直人に言われ、双子は咄嗟に顔を見合わせた。
俺も思わず、藤崎先生と顔を見合わせてしまう。