「夏休みから最近まで、ナツはほとんど学校に来てなかったし、アキも放課後は捕まらなかったし。だから俺、自分でなんとかしようと思ったんだよ」
「…そ、それは」
「テスト前日の連休明け、やっぱり一人じゃ不安で、どうしたらいいか相談しようと思ったんだけど、二人とも休んでたし」
「いや…えっと…」
ばつが悪そうに、ナツアキは視線をさ迷わせている。
そうしてナツは、きっと鋭くタケルのことを睨みつけた。顔を赤くしたナツに睨まれ、タケルは焦りを浮かべてデカい身体を小さくしている。
詳しいことはさすがに聞いていないが、時期的にナツはタケルのことで、アキは藤崎先生のことで、手一杯だった頃だろう。
動揺する三人を可笑しく見ていたら、俺のすぐそばで藤崎先生が笑い出した。
「あははは!そっか、そうだね。藍野くんの言うことはもっともだねえ」
「一琉ちゃん…なに笑ってんの…」
「だって。確かに三年生の君たちには、中間テストなんか平均点クリアで良かったから、あの日も休めたけど。嶺華ではみんな必死だった日でしょ?まさか二人が休むとは思ってなかったよねえ」
藤崎先生はやけににこにこと、直人の顔を覗きこんでいる。
「うん…」
「理由、言ってあげたら?ナツくん」
何かを知っているんだろう。藤崎先生に言われたナツが、赤い顔をいっそう真っ赤にして。普段からは考えられないくらい、もごもごと口ごもった。
「だ、だから、それはその…」
「ナツも僕もちょっと、体調を崩してたんだ。すぐ良くなったんだけどね」
さらっとフォローを入れるアキに、ナツも頷いているが。直人は不思議そうに首を傾げた。
「そうなんだ?俺、二人の家に電話したけどいなかったし、執事の垣内(カキウチ)さんにも聞いたけど居場所まではわからないって言われて、何か用があるんだと思ってた」
その発言に、ナツアキが硬直する。
「ナオ…家に電話したの…?」
「うん。いけなかった?」
「いけなくない、けど、あの…そう。そっか…心配かけてごめんね…」
真っ赤になったまま下を向いているナツは、片手で口元を覆い表情を隠していて、アキの方も余程マズいと思っているのか、天井を見上げている。
いつもは大人顔負けの二人が、ここまで動揺しているのはいっそ可愛いくらいだ。
同じように思ったのか、タケルがナツを見つめて表情を緩めていると、それに気付いたナツは思いっきりタケルの足を踏みつけた。
「痛っ!」
「お前が笑うなッ!」
「ご、ごめん」
「大体、誰のせいだと思って…」
噛み付くナツに「そうだよねえ」と同意したのは、相変わらず面白がってにやにやしている藤崎先生。
「武琉のせいだよねえ」
「兄貴っ」
「なんだよ、お前が悪いんだろう?あの日ナツくんがあまりの痛みに動けなかったのも、アキがその痛みの伝達を受け止め切れずに熱出したのも、全部お前が暴走したせいじゃないか」
「そ…それ、は…」
藤崎先生の言葉に、俺は黙って口元を押さえた。目を遣れば聞こえたんだろう、バリスタも思わず苦笑いを浮かべている。
まあな……中学生だしな。
どういう意味なのかまったくわかっていない様子の直人が、俺の渡してやったラテをテーブルに戻したとき。
はあ……と、アキが盛大な溜め息を吐いた。
「ナツ」
「なんだよ」
「何とかしてあげなよ」
あっさり言われたナツは目を丸くして、青ざめた。赤くなったり青くなったり、忙しいやつだな。
「オレがあっ?!ちょ、お前な!いくら何でもムリだろっ。惺さんに意見するなんてこと、じいちゃんでも出来ないんだぞ?!オレみたいなガキに何か言われて、動くような人じゃないことは、お前だって知ってんじゃねえかっ」
「わかってるけど、仕方ないでしょ!じゃあ武琉くんに責任取らせる?!」
「なんでタケルなんだよっ」
「武琉のせいだからじゃない?」
しらっとした顔で、藤崎先生が横から答える。
「一琉ちゃんっ」
「い、いいってば。誰のせいでもないし、30位以内に入れなかったのは俺が悪いんだから。…ナツアキに話を聞いて欲しかっただけだよ」
焦りながら割って入る直人に、ナツは黙り込んでしまった。
微妙な沈黙が流れてる。
どうしたもんかね?
仕方なく俺が口を開こうとしたら、直前にタケルの携帯が鳴った。
「あ…皆見だ」
携帯を耳にあて、話し出すタケルの隣でナツが無言のまま立ち上がる。
さっきまでの言い争いに、タケルがまどかと話す穏やかな声が加わって、ナツはいつものポーカーフェイスを続けていられなくなったらしい。
見え隠れしている、苛立ち。
ナツ……そういうのは自分で認めてやらないと、行き場を失うぞ。
「吉野さん、皆見とオーナーさんが向こうに着いたそうです」
「ああ、わかった」