「なんか皆見がはしゃいでて、迎えに来るときにケーキを持ってきて欲しいって」
「…なんだそれ。あれだけの量を持って行って、まだ足りないってのか?」
何を言ってんだ?まどかは。
それよりタケルお前、もうまどかの名前を口にするなよ……ナツが背を向けてる理由に気づけ。
立ち上がったナツは何も言わず、カウンターの方へ歩いていく。
「ねえ、ナツ…」
「何でもねえよ」
アキに声をかけられても、振り返ろうとしないんだ。
しかしタケルはのんきに伝言を続けてくれる。
「皆見すごく楽しそうで、よくわからないんですけど。とにかくケーキケーキって」
「ああ。わかった。あとで俺からかけ直すから」
「…こんな風にはしゃいでると、皆見もなんか女の子な感じだな…」
ひとり言デカいんだよタケル!
俺は慌ててナツに近づいた
まどかにもタケルにも悪気がないことぐらい、わかってんだろ。
「なあナツ…許してやれよ」
そばまで行った俺が囁くと、ナツはいつも通りの笑みを浮かべて「何が?」と返してくる。
よくわかった、アキ。
ナツはこうやって取り繕ってるときの方が面倒だ。
「それより吉野さん。ドルチェのテイクアウト頼める?美沙さんたちのとこ、持って行くんだよな」
足りる?なんて聞きながら、カウンターの端にあるショーケースを覗いている。
「…構わねえよ。客優先だ」
当たり前だろそんなこと。俺の答えにナツは微笑んで、しげしげときれいに並んだドルチェを見つめた。
「何がオススメ?」
「そうだな…季節柄、最近人気があるのはモンブランだな。今月は種類を増やしたんだが、やっぱりスタンダードの和栗を使ったのが売れてる」
「そっか。じゃあそれを二つお願い」
「…わかった」
何を始める気なのかは知らないが、言われた通りカウンターに入ってショウケースを開ける。
視線の先では自分の席に戻ったナツが、いつも通りの様子で笑っていた。
さっきまで不満そうにナツと直人を見ていたタケルも、落ち着いた顔をしている。その表情を見る限り、ナツの違和感には全く気付いていないみたいだ。
ああいうところが…
「まだ中学生、って感じですね」
隣のバリスタに考えていたのと同じことを言われ、肩を竦めた。
「そんなもんだろ。ほんとに中学生なんだから」
「見た目じゃわかりませんけどね」
「マジでな。まどかもタケルも、最近の中学生はどうなってんだか」
二人が並ぶと大人っぽくて、どうにも中学生には見えない。それがナツを苛立たせる原因でもあるんだろう。
「発言がオヤジっぽいですよ、吉野さん」
「うるさい。俺はオヤジなんだよ」
小さな箱にモンブランを詰め、ペーパーバッグに入れて、ナツの元へ戻る。俺を確認したナツは直人を見上げた。
「なあ直人…さすがにオレでも、惺さんにムリ言うことは出来ねえよ」
「うん、わかってる」
「だからさ…ありがと吉野さん」
差し出したペーパーバッグを受け取り、ナツはそれを直人に渡した。
「これ持って、早く帰りな?神無祭はお前を中心にした映像を押さえられるよう、手配してやるから。惺さんに一緒に見てくれって、頼んでみれば?」
ナツからの提案に、直人は少し不安そうな表情を浮かべていた。
「…一緒に見てくれるかな、惺」
「それでもダメなら、オレからじいちゃんに上映会でも開くよう、話してやるよ。じいちゃんなら惺さんを呼んでくれる」
「うんっ」
ぬかりのないナツに言われ、ようやく直人は笑顔を浮かべた。
それを見てナツの方も、ほっとしたみたいだ。
「中間テスト、力になってやれなくて悪かったな。でもオレはいつだってお前のこと、大事に思ってるよ。…だから一人で悩むな。メールでも電話でもいいから、オレに直接かけて来い」
「ナツ…」
「世界中どこにいたって駆けつける。もう絶対にお前を一人にするようなことはしないから。な?」
撫で撫でと頭をなでるナツに、直人は嬉しそうな顔で抱きついた。
「ありがとナツ!」
「わかったわかった。ほら、外まで送ってやるからおいで」
「うん。アキも聞いてくれてありがと」
「いいんだよ、そんなの。惺さんによろしくね」
「わかった。じゃあ俺、帰るね。藤崎先生と武琉くんも、またね」
俺を含む、店の顔見知りに声をかけながら、直人はナツに連れられ店を出て行く。
彼らの後姿を見つめるタケルは、よほどナツのセリフが気に入らなかったのか、全開で不機嫌を露にしていて。
そんなタケルの様子に、藤崎先生が眉を寄せた。
「武琉、お前がそんな顔するのはオカシイだろ」
「だって…」
「藍野くんは特別なんだよ。お前とも、ぼくとも、いっそアキとも違う意味でね」