【その瞳に映るもの・2010X'mas】 P:02


 溜め息を吐いた吉野はきっと、色んなことを考えたと思う。
 長谷はカフェに勤めている。厨房を預かるシェフだ。ドルチェもドリンクも、もちろん長谷が作る料理も評判のいい店。予約はすでに、クリスマス当日までびっしりだと聞いていた。

 この忙しい時期に、お前は何をやらかす気なんだとか。
 プライベートを職場に持ち込むなとか。
 きっと吉野は、色々考えただろう。

 この店で正社員なのは、フロアを仕切っているマスターの吉野と、厨房を預かるシェフの長谷、そしてドリンクを任されているバリスタの笹山(ササヤマ)だけ。
 その笹山が、長谷の告白の相手だった。

 無駄のないスレンダーな肢体と、少し冷たく見える美貌。コーヒーのみに留まらず、紅茶やワインまで、幅広い知識を備えた優秀なバリスタ。
 笹山は店が開店した五年前から、ずっと一緒に働いてきた、男。
 ……同性なのはもちろん、承知の上だ。
 長谷は自覚した小学生の頃から、一度も女性を好きになったことがない。
 ゲイだということは、店の面接を受けた時に宣言してあるので、マスターである吉野はもちろん、オーナーや笹山も知っている。
 おそらくは、長谷が笹山に惚れていることも。
 明確に口に出したことこそないが、吉野はとっくにお見通しだったのだろう。

 ―――上手くいくとは思わねえな。

 バカにするでも、面白がるでもなく、吉野は優しい苦笑いを浮かべて言った。いつも厳しい吉野のそんな顔を見たら、長谷も笑うしかなかった。

 笹山には十年来の恋人がいる。もちろん女性だ。小柄で可愛い彼女は、何度か店にも顔を出していた。
 よく気のつく、控えめな女性。笹山と並んだ姿はとても絵になっていて、端から見ていてもとても仲むつまじい2人は、まだ結婚していないのが不思議なくらい。
 だから長谷としても、自分の気持ちが受け入れてもらえるなんて、少しも考えていなかった。

 ―――わかってんねんけど…こないだオレ、笹山が結婚する夢とか見てもうて。そん時に、ホンマええ加減にせなアカンなって。ちゃんと終らせな、ええ思い出にもならへんのとちゃうか?って、思ったから…

 笹山には迷惑かもしれないけど。しかし曖昧な感情を間に挟んだまま、この先も笹山と働いていたら、長谷はいつまでも未練を捨て切れないだろう。
 一途さは彼の、長所でも短所でもある。