【その瞳に映るもの・2010X'mas】 P:03


 すいません、と神妙な顔で頭を下げた長谷の髪を、くしゃくしゃ掻き回して。吉野は仕方ない奴だな、と呟いた。

 ―――年末まで遅刻も休みも許さねえぞ。
 ―――わかってます。
 ―――これが理由で辞めるなんて言いやがったら、ぶっ飛ばすからな。
 ―――うん。絶対、辞めへんから。
 ―――だったらもう、俺に言うことはねえよ。しっかり玉砕してこい。

 にやりと笑った吉野の顔を見たとき。長谷は初めて、一年で一番忙しい時期に決心したことを、少しだけ後悔した。
 クリスマスだから言おうと思ったんじゃない。長谷としてはただ、年内にケリをつけたい一心だっただけ。
 でももし、こんな時期じゃなかったら。きっと吉野は失恋した長谷に付き合って、一晩中飲み明かしてくれただろう。
 ありがとう、と。長谷はもう一度、心から頭を下げた。しかし自分の決心を、覆そうとは思わない。
 一度決めたことだ。延期なんかしたら、心が揺らぐに決まっている。
 その日の閉店後、長谷はなけなしの勇気を振り絞って、笹山を飲みに誘った。玉砕するのは初めから、覚悟の上だった。

 飲みに行ったのは、長谷が懇意にしている落ち着いた雰囲気の店。
 誰もいないカウンターの端で「ずっとお前が好きやってん」と伝えた長谷に、笹山は驚くこともなく、いつもの落ち着いた表情で「ありがとう」と呟いた。

 ―――でも、僕は不器用だから。たった一人に向けている気持ちを、他の人に分けることは出来ないんだ。…たとえ長谷が同僚じゃなくても。女性だったとしても。僕はきっと、同じ答えを返すと思う。
 …でも長谷は、僕にとってとても信頼している同僚で、大切な友人だから。

 それじゃ、ダメかな。
 笹山の答えは、とても彼らしい気遣いに溢れていた。長谷が好きになった、笹山らしい答え。
 すごく辛かったけど、同じくらい感謝している自分がいて。長谷は「ダメやないよ」と笑った。そして笹山と同じように「ありがとう」と呟いたのだ。

 ……最悪な夜になったのは、この後。

 まあ、そんなこんなで、長谷の失恋は確定してしまった。となれば後はもう、浴びるほど酒を飲むしかないというもの。