すいません、と神妙な顔で頭を下げた長谷の髪を、くしゃくしゃ掻き回して。吉野は仕方ない奴だな、と呟いた。
―――年末まで遅刻も休みも許さねえぞ。
―――わかってます。
―――これが理由で辞めるなんて言いやがったら、ぶっ飛ばすからな。
―――うん。絶対、辞めへんから。
―――だったらもう、俺に言うことはねえよ。しっかり玉砕してこい。
にやりと笑った吉野の顔を見たとき。長谷は初めて、一年で一番忙しい時期に決心したことを、少しだけ後悔した。
クリスマスだから言おうと思ったんじゃない。長谷としてはただ、年内にケリをつけたい一心だっただけ。
でももし、こんな時期じゃなかったら。きっと吉野は失恋した長谷に付き合って、一晩中飲み明かしてくれただろう。
ありがとう、と。長谷はもう一度、心から頭を下げた。しかし自分の決心を、覆そうとは思わない。
一度決めたことだ。延期なんかしたら、心が揺らぐに決まっている。
その日の閉店後、長谷はなけなしの勇気を振り絞って、笹山を飲みに誘った。玉砕するのは初めから、覚悟の上だった。
飲みに行ったのは、長谷が懇意にしている落ち着いた雰囲気の店。
誰もいないカウンターの端で「ずっとお前が好きやってん」と伝えた長谷に、笹山は驚くこともなく、いつもの落ち着いた表情で「ありがとう」と呟いた。
―――でも、僕は不器用だから。たった一人に向けている気持ちを、他の人に分けることは出来ないんだ。…たとえ長谷が同僚じゃなくても。女性だったとしても。僕はきっと、同じ答えを返すと思う。
…でも長谷は、僕にとってとても信頼している同僚で、大切な友人だから。
それじゃ、ダメかな。
笹山の答えは、とても彼らしい気遣いに溢れていた。長谷が好きになった、笹山らしい答え。
すごく辛かったけど、同じくらい感謝している自分がいて。長谷は「ダメやないよ」と笑った。そして笹山と同じように「ありがとう」と呟いたのだ。
……最悪な夜になったのは、この後。
まあ、そんなこんなで、長谷の失恋は確定してしまった。となれば後はもう、浴びるほど酒を飲むしかないというもの。