……いや、別にドルチェを作ること自体が、苦手なわけではない。現にこうして、自分のためなら作っているのだし。
和洋中なんでも作る長谷が、ドルチェを苦手だと公言しているのは、ちょっと別な理由。
それが他の店で、長く続かなかった理由でもある。
ボウルに絞ったオレンジと砂糖を加え、大きなサイの目に切ったパンを丁寧に浸して、フライパンを火にかけた。バターを熱し、香ばしい匂いを嗅ぎながら、充分に水分を含んだパンを移していく。
じいっと焼き目を見守り、頃合を計って深さのある皿へ盛りつけていたとき。長谷の背後で、ドアの開く小さな音がした。
びくん!と身を震わせる。
やはり彼は、ここにいたのだ。長谷が昨夜、多大な迷惑をかけた人。
恐る恐る振り返り、その人を改めて見つめた。長谷はそのまま、ぽかんと口を開けて固まってしまう。
―――う、わ…美人さんや…
明らかにサイズの合っていない、長谷の服に身を包んで立っている男。
背の高い長谷より、10センチ以上低いだろうか。平均的な身長だが、それに比べてずいぶんと細身の身体。しかし彼には、貧弱なイメージがない。
小さな顔に華奢な首筋。それを裏切る、力強い視線。切れ長の瞳といい、通った鼻筋といい、冷ややかな印象を受ける美貌は、長谷の好みど真ん中を射抜いていた。
―――ちょっと待って、まさかオレ…
記憶にはないけど。これだけ好みの容姿なのだから、ひょっとして。
男はぼんやり周囲を見回し、長谷に視線を定めると、すうっと目元を鋭くして、睨みつけてくる。
その恐ろしさといったら。彼の美しい見た目が相乗効果となって、長谷を竦みあがらせるのに充分だ。
「えっと…おはよう」
「眼鏡」
「は?」
「私の眼鏡だ。お前が昨日、取り上げたんだろ」
言われた長谷は慌てて、彼の言うメガネを探した。
チェストの上に置かれている、見覚えのない携帯とメガネ。間違いなく彼のものだろう。
「あったで。コレ?」
発見したメガネを手に取り、彼のそばまで歩いていく。差し出された手に気付かず、ノンフレームのそれをゆっくり開いたのは、本当に無意識だった。
受け取ろうとしていた手のやり場に困り、仕方なく男は手を引っ込めて、顎を上げた。
色白の顔の中で、酷く冷たい印象を受ける目が閉じられ、彼の雰囲気が少しだけ和らいだ。