―――オレ、酔ったまんまヤッてもうたんか…覚えてないとはもったいない…
これだけ好みなのだから、自分が手を出していないとは考えにくい。
彼のそっけない態度と、サイズの合わない服がアンバランスで、なんともいえない艶めかしさをかもし出している。
長谷は悪戯心を起こして、開いたメガネを手にしたまま、彼の頬に手を添え、薄い唇を塞いだ。
その瞬間、腹の辺りに急激な痛みが走る。
「っ!く……ぁ」
「バカが。同じことを繰り返しやがって」
しゃがんだ長谷の頭の上から、冷然とした言葉が降ってくる。
その場に崩れる長谷の手からメガネを取り上げ、男はふいっと離れて行った。
―――思い、出した…ヤッてへんわ…
痛みに涙を浮かべて顔を上げた長谷は、掻き消えていた記憶のピースを、真っ白だった空間に捩じ込まれていた。
確かに、昨日も。
新宿二丁目、裏通り。そっと長谷に身を寄せた彼の行動を、その手の誘いだと勘違いして、唇を重ねた。重ねた瞬間、たった今やられたのと同じように、思いっきり膝蹴りを叩き込まれたのだ。
腹への強い衝撃で、リバース。
唖然とする男に謝り倒し、こんな恰好ではどこへも行けないだろうと怒鳴られたから、タクシーを捕まえ彼を押し込んで、運転手に文句を言われながら自宅まで連行してしまった。
「ほんで、着替えてもろて、オレのベッドで寝てもろたんやった…」
「何の話だ」
「…重ね重ねすんません、いう話」
「死んで詫びろ、バカめ」
メガネをかけると、冷たい印象がいっそう恐ろしいものに変わってしまう。痛みが引くまで蹲ったまま、彼を見上げていた長谷は、思わず口元を綻ばせていた。
―――めっちゃ、ええ感じや。
こういう男が好きだ。弱さがなくて凛としていて、それを際立たせる整った造形。笹山といいこの人といい、長谷の惹かれるタイプはわかりやすい。
問題は、こういう人が大抵、ノンケだということくらい。
男は長谷に目もくれず、手にした携帯でどこかへ連絡をとっている。ようやく立ち上がった長谷は腹の辺りをさすりながら、なんとかキッチンに戻っていった。
「社長、タチバナです。…ええ、大丈夫です。ご心配をお掛けしました」