「あ〜…えっと、味は確かやから。絶対」
穴が開きそうなほど凝視されているのは、黄色いカタマリ。茶色の何かで覆われ、白くてどろっとしたものを叩きつけられているシロモノ。
長谷はイスに座って、天を見上げる。
……もしかしたら、食べ物に見えていないのかもしれない。
「これなあ…一応、フレンチトーストやねん」
「フレンチトースト?」
「まあ、その。オレンジ風味のフレンチトースト、カラメルクリームがけのアイスクリーム添え…」
ついつい、声が小さくなっていく。
あまりにも橘が動かないものだから、とうとう長谷は額に手を当て、視線を逸らせてしまった。
味には絶対の自信があるのだ。
一口食べてもらえたら、必ず美味しいと言ってもらえる。
しかし料理の価値は、見た目が大きな要素を占めているのも真実だろう。
……シェフ長谷が抱える最大の問題は、このセンスの無さだった。
ドルチェを作るのが苦手なのも、同じ店で長く雇ってもらえなかったのも、結局はこれが原因。何より問題なのは、長谷自身が何が悪いかわかっていないこと。
彼は本気で、美味しそうに盛り付けているつもりなのだ。それが他人の目には、不味そうどころか、食べ物ではないようにさえ見えてしまう。
今の店では盛り付けの全てを、オーナーとマスターから指示されている。彼らは長谷のセンスの無さより、腕の良さを買ってくれた貴重な人たちだ。
「…ごめん、ムリせんでええよ…」
実はコレが原因で、付き合っていた男と別れたこともあるくらい。
笹山や橘のような、長谷好みの男たちは大抵、見た目のセンスに強いこだわりを持っている。自分の顔が美しいのだから、求めるものも自然と高レベルになるのだろう。
残念ながら長谷のセンスの悪さは、先天的なものだ。彼の母親が作る料理も、同じような盛り付けだったから。けして嫌がらせではない以上、治せと言われたって治らない。
これが原因で別れた男は、長谷と同じシェフだった。彼は「食べたら美味しいってのが、余計に許せない」と言って、この部屋を出て行ったのだ。
長谷は溜め息を吐く。
まだ何も始まっていないのに、自分のセンスが悪いせいで、超好みな男に嫌われてしまうとは。遺伝子を呪いたい気分。