切り替えの早い吉野が話を始めると、全員が彼の言葉に集中する。長谷も火を落として手を止めた。
―――ホンマは聞いてンけどな…橘さんのフルネーム。
その時の状況を思い出し、長谷はこっそり口元を歪めてしまう。
そう。どういうわけか橘は、今日も長谷の家にいて。二人はまだ、不思議な共同生活を続けているのだ。
橘の下の名前を聞いたのは、昨日。
12月22日の話だ。
クリスマスの準備に追われる毎日で、夜遅くに帰宅した長谷は、橘の姿を見つけて驚いた。
21日は自分が慌しく出勤したものだから、スーツをどうするか、連絡はどこへすればいいのか話す暇がなくて。帰ったとき橘がまだいてくれたことに、ホッとしたけど。
しかしさすがに昨日、22日。まるで自室かのように、長谷のリビングでくつろぐ橘を見た時は、のん気な長谷も首を傾げるしかなくて。
―――あのな、スーツが仕上がるのはクリスマス明け、連絡は携帯、受け渡しはその時の都合。昨日の晩、話したやんな?
―――いちいち繰り返さなくても、記憶力は悪くない。
―――ほんなら、橘さんがここにいてる理由は?
―――嫌なのか?
―――いや別に、嫌やないけど…
―――だったら構わないだろ。
―――…うん。
長谷は不思議に思いながらも、素直に頷いてしまった。問題がないのも、橘の綺麗な顔を見ていられることが嬉しいのも、事実だったから。
―――あんな、橘さん。
―――なんだ?
―――メシ、食う?
―――食う。
結局、橘が居座るのを許してしまう最大の理由は、これなのかもしれない。
短い受け答えの後、橘は黙ってダイニングテーブルに座る。無表情だし、相変わらず冷たい態度だが、どうやら橘なりに、長谷の作る料理を楽しんでくれているようだ。
それに気付いてしまったら、嬉しくて仕方なかった。
一緒に食卓を囲むのが四度目ともなれば、色んなことがわかってくる。
食事をしている人の様子を見て、その気持ちを読み取るのが、長谷の仕事だ。
そういう意味で彼は、とても優秀なシェフだった。
ただしもちろん、昨日長谷が作ったボンゴレ・ロッソも、相変わらず目を覆いたくなるほど、不味そうな一品だったけど。
……真っ赤でドロドロしたものに、白いパスタが蠢く、おぞましいシロモノ。しかし橘はそれを、気にした風もなく食べていた。