長谷は食べることが好きだ。
作るのも勿論だが、それはやっぱり食べることが前提。
美味しいものを食べて、会話をして。誰かのことを知り、自分のことを知ってもらう。そういう時間が、最高に幸せなひと時だと信じている。
追いかけていた夢を諦めた時、次の道を探さざるを得なくなった長谷は、自然と調理師の専門学校を選んだ。
たくさん食べて幸せになるなら、こんな簡単な話はない。
自分がそうだから。同じように人を幸せに出来る仕事。
だけど仕事を離れた長谷の料理は、なかなか人に受け入れてもらえないのも事実。これだけ不味そうに見えては、仕方ないだろう。
今までどんな人と付き合っても、一言の文句も言わずに、出されたものを食べてくれる人はいなかった。
最初は良くたって、別れるまでにこれで必ず、一度くらいはケンカになる。
それなのに橘は、つれないまでもちゃんと長谷の会話に付き合い、出した料理を残さず食べてくれる。気を使う訳でもなく、自然にしてくれている行為なのだとわかるだけに、とても嬉しかった。
―――なあ、橘さん。朝晩はオレが作ってるけど、昼はどうしてんの?
―――朝晩にこれだけボリュームのあるものを食べていて、昼にまで食べる必要はないだろ。
―――そんなん言うてるから細いんやで。
―――問題ない。
―――いっつもは?自分で料理なんかせえへんやんな。外食?
―――付き合いでそうすることもあるが、まあ大体、適当に済ませるな。
―――適当て…まさか橘さん、総合栄養食を主食にしてるクチ?
―――総合栄養食?
―――クッキーみたいなんとか、ゼリーみたいなんとか。薬局なんかで売ってるやつ。
―――よくわかったな。
―――勘弁してや…そんなん身体壊すって。
―――お前に関係ないだろ。
どうやら橘は食に対して、全くこだわりがないようだ。長谷の料理にしても、美味しければ見た目が最悪でも、構わないらしい。
そんな彼は、特に好きなものも、食べられないものもない。と、言うのだけど。
長谷は気付いてしまった。
―――本日のデザートは、チョコレートババロアとティラミスの合体やで。店でも評判やねん。
言いながら長谷が差し出したもの。
確かに彼の勤める店では、同じレシピのものが提供されている。