【その瞳に映るもの・2010X'mas】 P:03


 長谷は食べることが好きだ。
 作るのも勿論だが、それはやっぱり食べることが前提。
 美味しいものを食べて、会話をして。誰かのことを知り、自分のことを知ってもらう。そういう時間が、最高に幸せなひと時だと信じている。
 追いかけていた夢を諦めた時、次の道を探さざるを得なくなった長谷は、自然と調理師の専門学校を選んだ。
 たくさん食べて幸せになるなら、こんな簡単な話はない。
 自分がそうだから。同じように人を幸せに出来る仕事。

 だけど仕事を離れた長谷の料理は、なかなか人に受け入れてもらえないのも事実。これだけ不味そうに見えては、仕方ないだろう。
 今までどんな人と付き合っても、一言の文句も言わずに、出されたものを食べてくれる人はいなかった。
 最初は良くたって、別れるまでにこれで必ず、一度くらいはケンカになる。
 それなのに橘は、つれないまでもちゃんと長谷の会話に付き合い、出した料理を残さず食べてくれる。気を使う訳でもなく、自然にしてくれている行為なのだとわかるだけに、とても嬉しかった。

 ―――なあ、橘さん。朝晩はオレが作ってるけど、昼はどうしてんの?
 ―――朝晩にこれだけボリュームのあるものを食べていて、昼にまで食べる必要はないだろ。
 ―――そんなん言うてるから細いんやで。
 ―――問題ない。
 ―――いっつもは?自分で料理なんかせえへんやんな。外食?
 ―――付き合いでそうすることもあるが、まあ大体、適当に済ませるな。
 ―――適当て…まさか橘さん、総合栄養食を主食にしてるクチ?
 ―――総合栄養食?
 ―――クッキーみたいなんとか、ゼリーみたいなんとか。薬局なんかで売ってるやつ。
 ―――よくわかったな。
 ―――勘弁してや…そんなん身体壊すって。
 ―――お前に関係ないだろ。

 どうやら橘は食に対して、全くこだわりがないようだ。長谷の料理にしても、美味しければ見た目が最悪でも、構わないらしい。
 そんな彼は、特に好きなものも、食べられないものもない。と、言うのだけど。
 長谷は気付いてしまった。

 ―――本日のデザートは、チョコレートババロアとティラミスの合体やで。店でも評判やねん。

 言いながら長谷が差し出したもの。
 確かに彼の勤める店では、同じレシピのものが提供されている。