「オレなあ、背ぇ高いやん?家具にはあんまり金かけへんけど、ベッドだけはちゃんとデカいの買うようにしてんねん」
「そうか」
「身体が資本の商売やもん、当然やんな」
「そうだな」
「けっこう広いやろ」
「ああ」
「今日、寒いなあ」
「ああ」
「一緒にベッドで寝てええ?」
「ああ」
「うん。ありがと」
礼の言葉を聞いてようやく、はっとしたようだけど。橘は名前で呼ぶことを許した時と同じく、一度答えた結論を取り消そうとはしない。
その代わり、じろりと長谷を睨んで。最後の一口を味わい、フォークを置いた。
「最初の夜にわかったとは思うが、私は自分の不利益に対して容赦しないからな」
「不利益ってヒドいなあ」
「何の得にもならないなら、不利益だろ」
「も〜。損得で考えんとってえや」
拗ねた口調で反論する。長谷はテーブルに突っ伏していたが、窺うように頭を起した。
「前言撤回する?」
「別に。元々、お前のベッドだ」
「良かった。冬吾さんがリビングで寝る、いうんもナシやで」
「わかっている。お前が身を弁えるなら、問題ない」
「三回も蹴り上げられるんは、遠慮する」
「そうしろ」
流された橘と、釘を刺された長谷。
長谷の淡い期待を知ってか知らずか、橘はそれ以上何を言うでもなく。前日までと同じ寛いだ様子で、先にベッドへ入り目を閉じてしまった。
キッチンを片付け、明日の準備をして。長谷が寝室のドアを開けたのは、もう午前2時過ぎ。広いベッドの半分が、長谷のために空けられていた。
橘はその空間に背を向け、身体ごと横を向いて眠っている。彼を起こさないよう身体を滑り込ませ、枕元に肘を突いた長谷は、じいっと橘の横顔を見つめた。
ベッドサイドのかすかな明かりしか、灯っていないけど。端正な細面には、明確な意思が窺えるように思った。
「冬吾さん、寝てへんやんな?」
静かに尋ねても、寝たふりをされてしまうと思っていたのに。ゆっくり目蓋を開けた橘は、音を立てずに寝返りを打ち、長谷を見上げてくれた。
すうっと瞳が細くなったのは、メガネを外した不明瞭な視界に、長谷の姿を探したのだろう。
「お前、明日も早いのか?」
「うん…仕込みもあるし、6時には出るつもり」
「そうか」
「…冬吾さん?」