本気でむかついた顔をしている橘を見て、靴を履きかけていた長谷は、驚きながらも頬を緩めた。
―――冬吾(トウゴ)さんは、仕事に対してそう思ってるんや?
―――お前は違うのか。
―――違わへん。ごめんなさい。
素直に謝り、靴を履いて立ち上がる。傍らに置いていた鞄を取り上げると、まっすぐに橘を見た。
―――ほんなら、行ってきます。
―――ああ。
―――明日、待ってるから。
―――約束は出来ないぞ。
―――うん。でも、忘れんとってや。
―――しつこい。覚えている。
そっけない答え。でも、それも気にならない。橘が見た目によらず義理堅い性格なのは、もう知っている。
緩やかに橘の手を取り、引き寄せた。指先の冷たい華奢な手をきゅっと握ったら、きれいな頬が緊張に強張った。
にこにこ笑いながら、長谷は指先で、橘の形のいい唇を押さえる。
―――三回も蹴られるようなこと、せえへんよ?安心して。
―――………。
―――やけど、ちょっとだけ。
言いながら、驚かせないようゆっくり、橘の額に自分の額をくっつけた。
間近になった橘の瞳は、とてもきれいに澄んでいて。何も知らないままこの人を信じた自分の直感は、けして間違ってはいなかったと。この時も長谷は考えていた。
―――冬吾さん、この三日間オレと一緒におってくれて、ありがとう。でもオレ、これが最後なんてイヤや。最後にせんとって。
―――………。
―――待ってるから。
俯いている橘の額に、軽く唇を押し付ける。さすがに睨まれてしまったけど、何も言わない端整な目元には、わずかな戸惑いが生まれていた。
きっと変わる。変わって欲しい。
本当は可愛い人なのに、冷たく凍らせている心の中。そこにもっと深く、自分という存在を受け入れてもらえたら。
だから長谷は、抱えている寂しさも不安も拭い去って、晴れやかな笑みを見せた。
―――クリスマスの言葉は、明日に取っとくわ。あんまり忙しいからって、メシ抜いたらアカンで!
手を振って、扉を閉める。
本当はもっと色んなことを話したい。でもそれじゃ、まるで今日が最後みたいになってしまう。
最後にしたくないと言ったのは、長谷の方だ。