【その瞳に映るもの・2010X'mas】 P:06


「…どしたん?」
「負けた」
「え?」
「賭けだよ、昨日の。俺の負けだ」

 吉野は嫌そうな顔で、フロアを指差している。

「来てんぜ、お前の客」
「オレの客?」
「ったくお前は、ほんとにわかりやすい好みだな。細身のクールビューティ、笹山とまったく同じタイプじゃねえか」

 でもまあ、あっちの方がクール度が高い、なんて。勝手に評価している吉野の言葉を聞きながら、長谷しばし呆然としていて。意味を理解するや否や、驚きに目を見開いた。

「う、そ…マジで?!」
「どうやら奇跡は起こるらしいぜ、長谷」

 それを聞くなり長谷は、厨房を飛び出して行く。馴染みの常連客たちに目もくれず、ドリンクカウンターの辺りで待たされている男に近づいた。

「冬吾さんっ」
「………」
「ほんまに来てくれたん?!」
「覚えている、と言っただろ」

 これはヤバい。唐突な再会があまりにも嬉しくて、仕事中だというのに泣きそうだ。
 来て欲しいとは思っていたけど。無理かもしれないと、半ば諦めていたから。
 本物やんな、と。長谷は橘の姿を確かめる。出会った時しか見ていないスーツ姿。長谷の服を着て睨み付けられたときより、ずっと硬質な印象を受ける冷たい瞳。
 凛とした細身の身体を高そうなスーツに身を包み、仕事帰りなのだろう、手にしたコートの下に、重そうなブリーフケースが見えていた。

「めっちゃ嬉しい。来てくれてありがとう」
「喜んでいる所を悪いが、今日は遠慮しておく」
「なんで?!せっかく来てくれたのに!」
「男の一人客が、メシを食う環境じゃないだろ」

 橘は渋い表情でフロアを見回していた。長谷も同じように、見慣れた店内に視線を向ける。
 ディスプレイも、客の表情もキラキラと。確かに橘一人では、かなり居心地が悪いだろう。

「あ…えっと、そうやんな」
「そうだろ」
「でも冬吾さん…」
「今日は帰ると言っているだけだ。もう来ないとは言ってない」

 橘はそう言って、長谷を宥めようとするけど。
 だって、クリスマスだからこそ。

 切なく眉を寄せる表情を見て、橘がため息混じりに「聞き分けろ」と呟いた時。カウンターの影から、真っ赤なスカートの小柄な女性が、姿を現した。

「こんばんは〜」
「…こんばんは」
「橘様ですよね〜?」
「どうして私の名前を」