【その瞳に映るもの・2010X'mas】 P:07


「ふふ。橘様は今、店で有名人だから〜。長谷くん大丈夫よ〜私に任せて〜」
「オーナー、どうする気?」
「いいからいいから〜。橘様、こちらへどうぞ〜

 橘と長谷は顔を見合わせた。それでも橘は「帰る」と、言うつもりでいたのだが。長谷の大きな手で背中を押され、渋々といった顔で歩き出す。

 軽やかな足取りで前を行くオーナーは、迷いもなく二人をつれて厨房へ入って行った。
 そのまま広い厨房の隅に確保されている、スタッフの休憩スペースまで歩いて。大きな机の前で立ち止まる。

「こちらへどうぞ〜」
「…ここに?」
「いらっしゃいませ〜カフェシェーナへようこそ〜」
「ちょっとオーナー…さすがにこれは無いやんか…」
「そうね〜折り畳みイスはさすがに失礼ね〜。吉野く〜ん、イスの用意〜」
「了解、オーナー」

 見守っていた吉野が、阿吽の呼吸で予備のイスを持ち込み、素早く机の上を片付ける。
 それだけではない。フロアのテーブルと同じ紙ナプキンや据え置きメニュー、クリスマス仕様のテーブルディスプレイまで。
 展開についていけない長谷と橘が、立ち尽くしているほんの短い間に、そこには簡易の席が出来上がってしまった。

「改めて、こちらどうぞ〜」
「オーナーちょお待ってえや」
「なにを〜?」
「何をって…」
だって橘様は〜長谷くんの盛り付けた料理を、気にせず食べられる方なんでしょ〜?ならきっと、美味しければ見た目にこだわらない、自分の見極めた本質を重視する方なんじゃないかな〜って思って〜」

 面白がっているのか、楽しんでいるのかわからない。しかしオーナーはとても嬉しそうに、橘が座るのを待っている。

「確かに今日じゃなくてもいいんだけど〜。せっかくいらしたんだから〜」

 ね?と無邪気に笑う彼女を見ていたら、反論の言葉が見つからない。長谷は困った顔で橘を見下ろした。
 一日ぶりに見る、きれいな造形の無表情。だけど頬の辺りに困惑が滲んでいて、橘の迷いを伺わせる。

「ここなら長谷くんが働いている姿も見えるし〜。この席ではお嫌かしら〜?」
「いや…私は…」
「お客様のために、特別なお席をご用意いたしました。調理の様子をご覧になりながら、お食事をお楽しみ下さい」

 すっと橘の横に立った吉野が、任せろと言うみたいにオーナーと視線を交わした。
 少し強引に橘のコートを取り上げ、鞄を預かって。吉野は休憩スペースに作った席へ、橘をやんわり押し込んでいく。