吉野の手で目の前に置かれる皿は、長谷が作ったとは思えないくらい、きれいに飾られていた。
クリスマスを意識した配色。女性客の喜びそうなカタチ。食べるのが勿体無いような、きれいな食べ物。
橘はそれをゆっくり口に運びながら、長谷を見つめていた。
家で作っていたものより、ずっと繊細で隙のない味だが、やっぱりどこか長谷らしい味がする。
優しくて深みがあって、ちょっと変わっている。最後に「もう少し食べたい」と思わせるような、そんな味。
身を隠せ、と指示を受けた三日間。
顔には出さなかったが、切れない緊張感の中で、橘の強靭な精神も少しだけ参っていた。しかしそれを支えてくれたのが、長谷であることはもう、認めざるを得ないだろう。
橘は確かに、長谷と食卓を囲む時だけ、心の底まで安心していたのだから。
美味いな、と。素直に思った。
どうして人々が高い金を払い、時間を使って美味しい料理を求めるのか、少しだけわかるような気がした。
―――お前のは食事じゃない、エサだ。って…いつだったか社長に言われたな…
橘の敬愛している男は、何事にも無頓着な橘と違い、全てのものにこだわる人。
彼は今回の経緯を知り、誰よりも面白がっていて。渋る橘を車に乗せ、強引にこの店まで送り届けてしまった。
勝手な上司の手のひらの上で踊るのは、非常に不本意なのだけど。橘は飽きもせず、ワイン片手に長谷を見つめ続けている。
この三日、彼が料理をする姿は何度も見ていたが、いつも楽しそうだったのに。
目の前にいるのは、仕事に厳しい男の顔。笑顔ばかりが印象に残る長谷の、凛々しく戦う表情だ。
「楽しんでいただいてますか」
メインを手にした吉野に聞かれ、橘は「ええ」と短く返した。
少し前に目の前に置かれた新しい皿は、まるで絵画のような肉料理。あとはデザートだけだと予告される。
飲み物を聞かれたので、ではコーヒーをと答えて。橘はつい、何かを訴えるような顔で長谷に目を遣っていた。
今日の料理はどれも、確かに美しかった。なのにどうしても、橘には物足りない。
長谷の味の完成形は、これだと思うのに。誰が見たって、こっちの方が美味しそうだとわかっているのに。
物足りないはずはない、と軽く頭を振る。
最後のドルチェはきっと、この店のオーナーが作った自慢の一品なのだろう。