【その瞳に映るもの・2010X'mas】 P:11


 かなり時間をかけて、料理を運んでくれた。フルボトルのワインが空いてしまいそうだ。
 酒には強い方だから、酔っているはずないのだが。自分の考えていること、もやもやしている気持ちが、橘には理解できない。

「…長谷、ちょっと来い」

 厨房の端に呼ばれた長谷は、声を落とした吉野から何かの指示を受けていた。でも、さっきまであんなに長谷を見ていた橘は、わずかに視線を落としていて。
 長谷はちらっと時計を見上げ、神妙な面持ちで頷いた。

「いいな?」
「…わかった」
「ドジ踏むなよ」
「わかってるって。怖いこと言わんとって」

 にやりと笑った吉野が、今度はバイトの方を呼び、そのまま二人ともフロアへ、姿を消した。
 橘が顔を上げる。
 湯気が立ちのぼる広い厨房で、今日初めて二人きりになった。長谷がようやく見慣れた明るい表情を浮かべ、橘に近づいてくる。

「今日はほんま、来てくれてありがとう」
「時間が空いたからな」
「そうなん?ほんなら、ラッキーやったな」

 本当は来る気がなかった。
 もう一度長谷に会ったら、何か途方もないものに飲み込まれてしまう気がして。
 クリスマス・イヴに別れたまま、逃げてしまう気でいた橘を、強引につれてきたのは彼の上司だ。

 ―――無様なくらい執着するのが、恋愛だと言っていたな。覚えているか?橘。

 随分前の話を持ち出し、面白がっていた社長。馬鹿なことを、と。橘は首を振る。
 長谷に執着なんかない。
 別にこんな男、どうでもいい。
 ……ただ、そう。もし別れてしまうのが惜しいと、少しでも自分が、思ったのだとしたら。それはきっと、長谷の作るデザートに対してだ。

「なあ、冬吾さん」
「っ!……なんだ」

 急に近くで声をかけられ、はっと顔を上げた。長谷は手馴れた様子で橘の前から、すでに空いていたメインの皿をシンクへ持ち去る。
 彼はふいに立ち止まると、その場で橘を振り返った。

「このあと、デザートやねんけどな」
「ああ」
「オレが作ってもええかな?」

 尋ねられた橘は、首をかしげてしまう。
 オレが作るも何も、この厨房は長谷が取り仕切っているのだから。今日食べた料理は全て、長谷が作ったのもだ。
 何を言っているんだお前は、と言おうとしたのだけど。妙に真剣な顔をしている長谷の気迫に押され、橘は無言で頷いた。