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「ありがとう。待っとってな」
うきうきと料理を始める長谷は、橘の知っている顔をしていた。
ここは広い厨房で、彼は仕事着を着ている。なのに、橘のために料理をしている姿は、彼のマンションの狭いキッチンで見ていたのと、同じ顔。
それを見た途端、ほっとしている自分がいて。橘は慌てて、緩んだ頬を引き締める。
しばらく待たされ、長谷が顔を上げた。
ちょっと緊張した面持ちで、橘の前に皿を置く。
「お待たせしました。本日のメイン、ブッシュ・ド・ノエルです」
メインじゃなく、デザートだろうと。思いながら視線を落とし、橘は思わず笑い出していた。
「と、冬吾さん?」
「ははは!なるほど、そういうことか!」
声を上げて笑う橘なんて、初めてだ。長谷は随分と驚いた顔をしていたが、橘自身も驚いていた。
こんなに楽しいと思ったのは、どれくらいぶりだろう。でも気の利いた長谷の行動が、予想外で……嬉しくて。
自分が作ってもいいかと尋ねた長谷。
最後のデザートなのに「メイン」だと言った長谷。
目の前の皿に乗っているブッシュ・ド・ノエルは、クリスマスケーキというより、荒廃した冬山の枯れ枝。
「そうだな。これでこそ、お前の料理だ」
「冬吾さん…」
「今日の料理は素晴らしかったのに、ずっと感じていた物足りなさが、今やっと満たされたよ」
目の前に大好きなデザートが置かれていても、橘はそれに手をつけるより、長谷に良くやったと伝えてやりたかった。……嬉しい、なんて言葉は、自分の中にないから。
喜ぶ橘を見て、こちらも嬉しそうな長谷が、ゆっくりテーブルを回ってくる。彼は橘のそばに手をついて、高い身長を少し屈め、自分の作った皿を覗き込む。
間近になった横顔。さっきまで橘には手の届かない、すぐそこで。自分の才能をかけ戦っていた男だ。
「長谷」
「真幸(マサキ)って呼んでって、なんべんも言うてんのに」
「…じゃあ、真幸」
自分が望んだにもかかわらず、名前を呼ばれた長谷は固まってしまう。橘はしてやったりと、少し意地の悪い笑みを浮かべた。
「どうした。呼んで欲しかったんだろう?」
「そうやけど…うわ、めっちゃ嬉しい」
照れて赤くなりながら、長谷は子供のように明るい表情を作る。そのままの勢いで、ぎゅっと橘を抱きしめた。