彼らもこの話を知っていたのだろう。異を唱えるどころか、苦笑いを浮かべているばかり。
仕方なく千歳は再び岩橋に向き合った。
「こ、これ、僕が担当するんですか?まさか一人で?」
「ははは、まさか。私もそこまで無茶なこと言わないよ。その企画は君と…そうだねえ、私が一緒に担当する、という感じになるかな?困ったら何でも聞いてね」
「そんな…ですが…」
編集長はこの編集部で作られる全ての記事を管理する存在だ。言わば全ての企画に関わっているのだから、これは実質一人で千歳が担当するのだと言っても、過言ではない。
千歳は「失礼します」と断り、不安げな表情でファイルを開いた。ざっと目を通しながら岩橋の言葉に耳を傾ける。
「Renっていうカメラマン知ってる?」
「レン、ですか?…いえ、申し訳ありません」
「うんうん、いいんだよ。風景専門の写真家でね。といってもフリーだから、今はまだいろんな仕事してる。私はねえ、この子が学生の頃から写真を知ってるんだけど、いい絵を押さえるんだよ」
「はい」
「大学の卒業間際に、大きな賞をもらってね。それ以来ちょっとずつウチの写真を任せてるんだけど。去年かなあ、別の雑誌で組んだライターが、入稿前日に逃げちゃってさ。書きかけの原稿まで持ち逃げしたもんだから、しかたなくRen君が記事を書いたんだ」
「…カメラマンが、ですか?」
ライターが逃げるというのは、あってはならない事態なのとともに、どこの編集部でも聞く話だ。しかしそういう場合、大抵は別のライターか、編集者自身が記事を書いて間に合わせるものなのだが。
カメラマンに記事まで任せるなんてこと、旅行雑誌ではよくある話なんだろうか?首をかしげる千歳に、岩橋も苦笑いを浮かべている。
「その編集部もよほど切羽詰まってたんだろうねえ。まあそれで、彼が記事を書いたわけなんだけどさ。私はそれを読んで、あの子の文章に一目惚れしちゃったんだ」
「…はあ」
「いい文章書くんだよ。慣れてない分荒削りだったけど、向こうの編集捕まえて聞いたら、ほとんど手直しなかったって言うんだ。それで私はRen君に、写真と文章の両方をやってもらいたくてさ。今回嫌がる彼のこと、必死に口説き落としたわけ」
「編集長…それって」
「うん。けっこう気難しい子でね。普通の編集者じゃなかなか、付き合えないと思うんだよね」
「ま、待ってください、それって」
「君なら同い年だし、気遣いの出来る子なのは知ってるし。それに君自身も、いい文章を書くよね」
「…ご存知なんですか」