【蓮×千歳@】 P:05


「知ってるよ。ファッション誌にいた頃、モデルのゴーストライターしてたのは」

 にやりと笑った、岩橋の顔。
 確かに千歳はファッション誌に携わっていた頃、若いモデルや、忙しさを理由に〆切を守らないヘアデザイナーのコラムを、代わりに書いていた。
 しかしそれをまさか、他誌の編集長が知っていたなんて。
 千歳は毒のない岩橋の穏やかな外見に、うっかり騙されていたと、ようやく気がついた。
 実際彼が千歳を高く買ってくれているのも、穏やかな話し方も、本当の姿なんだろうけど。こうして狡猾に若い編集者の逃げ場を封じてしまう、計算高いところはさすがに熟練の編集長といったところ。
 おろおろとうろたえる千歳に構わず、岩橋は芝居じみたしぐさで自分の腕時計を見た。

「おっと、話しているうちにこんな時間になってしまったね。急がないと」
「あの、編集長、僕は」
「まあまあ、大丈夫だから。ほら急いで」

 おもむろに立ち上がった岩橋に押され、振り返った千歳の前に、いつの間にか中沢が千歳のカバンを持って立っている。

「カバンどうぞ。頑張ってくださいね、東さん」
「中沢さん…」

 仕方なくそれを受け取ると、岩橋が千歳の細い身体を廊下へと押しやっていく。

「編集長っ」
「企画詰めて、文章の手ほどきも頼むね。待ち合せは10時だけど、車で30分以上かかるところだから、急いで急いで」
「待ってください!待ち合わせって何ですかっ?!」
「Ren君の自宅でこれから打ち合わせ。タクシーの中でその企画書、読めばいいから大丈夫」
「全然大丈夫じゃありませんっ!僕が一人で行くんですか?!会ったこともない方なのにっ」
「向こうには連絡してあるよ。今日は面通しだけでもいいんだから。若い人たちだけの方が盛り上がるでしょ。はい、行ってらっしゃい。これ住所のメモ。ちゃんと運転手さんに渡すんだよ〜」

 廊下まで出て、エレベーターの方へ千歳を突き飛ばす。振り返って何か言おうとした千歳だったが、編集長に腕時計を指さされ、時間を確かめた。

 ――うわ、もう時間ないっ!

 相手は気難しいというカメラマンだ。なんにせよ遅刻は厳禁だろう。
 自分がちゃんと、財布や名刺を持っていることを確認しながら、千歳はエレベーターへ走っていった。