あれは、困っている顔だ。
自分が困らせているのだと悟って、千歳も思わず視線をさ迷わせてしまう。
「あ…えっと」
「移動したばかりの新人が担当になると、岩橋さんから連絡があったが。お前だったのか」
「う、うん」
「いつ旅行誌に移動したんだ」
ぶっきらぼうに聞こえる、彼の話し方。全然変わらないことが嬉しくて、千歳は思わず握り締めた企画書を、胸の辺りに押し付けていた。
そう、彼は昔からこんな話し方だった。
突き放すように冷たくて、必要最小限しか喋ってくれない。でもそんな彼の、言葉の奥に隠された気持ちを推し量るのが、高校生の千歳にはとても楽しかった。
…今でも同じだ。
困らせているとわかっているのに、どきどき跳ねる鼓動が止まらない。
「その…先週末に辞令が出て、今朝…」
返事をする声が震えていた。
唐突な再会がもたらす歓喜は、つらい記憶と表裏一体のもの。
ずっと避け続けてきたのに。まさかこんな形で再会するなんて。
千歳の言葉を聞いた男は、呆れた表情で肩を竦める。
「随分急なんだな」
「大丈夫…ちゃんと編集長に話は聞いてるから」
とにかく仕事をしなければ、と千歳は自分に言い聞かせていた。
思い出話に花を咲かせることなんか出来ない。あの頃のことをリアルに思い出したら、泣き出してしまいそうで怖い。
千歳の中では何も終わっていないし、変わっていないのだから。
胸に押し付けたファイルを握り直した。手が汗に濡れてしまっている。
何度か息を吐きながら、千歳はその場を繕う台詞を探し、からからになった口でつむいだ。
「Renって、葛のことだったんだね」
「ああ」
「カメラ続けてるの、全然知らなかった」
「………」
「えっと、編集長がすごく葛のこと褒めてたよ。僕もさっき初めて葛の写真、見たんだけど、すごいなって…あの、葛?」
蓮はじっと千歳を見つめたまま、何も言わない。彼の表情に苛立ちを見つけて、千歳は咄嗟に俯いてしまう。
何か、余計なことを言っただろうか?
彼を怒らせてしまうようなこと。
高校の頃からカメラを手にしていた蓮。もちろん彼が写真学科のある大学へ進学したのは知っていた。
ならばカメラマンになっていることも想定して当然なのだが、千歳は編集者としての経験上、それがいかに難しいことか知っている。
ほとんどのカメラマンはその道ですでに活躍している者に師事するか、どこかのスタジオに所属して機会を探すのだ。若いカメラマンに巡ってくるチャンスはかなり少ないと言える。