【蓮×千歳@】 P:09


 しかも千歳の知る限り、蓮は誰かの下でおとなしく働くというようなタイプではない。大学時代から蓮を知っていると言っていた岩橋編集長でさえ、気難しい性格だと評しているくらいなのだから。

 そこまで考えて、千歳ははっとする。
 人付き合いが苦手で、意に反したことを嫌う蓮だからこそ、この歳で企画を持ち込まれるほどのカメラマンになるのは、大変なことだったろう。他の雑誌でも仕事をしていると聞いたばかりだ。もしかしたら風景写真家として、Renは千歳が思う以上に有名なのかもしれない。
 何年も同じ出版業界にいながら、全然知らないなんて。気を悪くして当然だ。

 目を眇めて自分を見ている蓮に、千歳が居心地の悪さを感じていると、蓮はそれを察して、ふいっと後ろを向いた。

「入れよ」
「え…いや、あの」
「…仕事の話をしに来たんだろ」
「う、うん」

 軽く首を振り、蓮の背中を追おうと歩き出す。しかし千歳は、自分が忘れようとしていたものを視界に捕らえて、今度こそ本気で逃げ出したくなった。

 いつもは見かける機会が少ないから、見えないことにしているモノ。
 生来おとなしい性格の千歳を、ずっと怯えさせ、苦しめてきたものたち。
 今はもう、普段の生活なら、あまり遭遇しなくなっていた。
 とくに千歳の住む都会の真ん中を、彼らは好まない。窓を開けるだけで排ガスが流れ込むような自宅のマンションや、いつも気忙しい出版社の中では、けして姿を見かけないのだ。
 だから千歳は、大学進学とともに都内であっても郊外の地元離れ、二度と帰るまいと思っていた。
 理由は色々あったけど。
 コレを見たくなかったのも、大きな理由だから。

 でもここまで多いと、目をそらすにも限界がある。
 庭のそこここで揺れる木々の影。
 前を歩く蓮の肩の辺り。
 小さくて、明確なカタチをとる、けして人ではないそれ。

「どうした」

 先を歩いていた蓮が、立ち止まっている千歳に気付いて戻ってきた。
 声も出せないほど怯えている千歳の様子に、彼は眉をしかめて重苦しいため息を吐き出す。

「変わらないな」
「…葛」
「待ってろ、車を回してくる」
「あの、でも」
「そんなことで仕事の話が出来るのか?場所を変えるぞ」

 千歳の身に起きている事態に気付き、踵を返した蓮に、慌てて「大丈夫!」と叫んでいた。

「千歳」
「あの…大丈夫、平気だから」

 もう自分は大人なんだから、と何度も己に言い聞かせる。
 ここへは仕事で来たのだ。
 優先させるべきは蓮であって、編集者の自分ではない。