【蓮×千歳A】 P:03


 高校最後の日を思い出し、息苦しさに千歳は胸の辺りをきゅうっと握り締める。
 それをどう理解したのか、ちらりとミラー越しに視線を上げた蓮が口を開いた。

「変わらないんだな」
「え?」
「見えるんだろ」
「…うん。でも最近は見なくなってた」

 見なくなっていたというより、見ても見えていないと思い込んでいた。実際あまり見かけなかったのも事実だ。

「俺のせいか」

 低い呟きに、千歳は慌てて首を振る。

「違うよ、違うっ!葛のせいじゃない」
「だが俺の家に来たから、声が聞こえた」
「それは…その」
「担当がお前だと知っていたら、家に呼んだりはしなかったけどな」
「…ごめん」
「もういいと言っている」

 謝罪を繰り返す千歳に、うんざりした蓮の声。でもこれは、千歳にもう謝らせないための蓮の気遣いだ。
 千歳は泣きたくなりながら下を向く。

 高校の頃、最初に蓮のことが気になったのは、不思議な小さい存在が、彼にばかりまとわりついていたから。
 どうして彼にだけ?と思うと、目が離せなくなった。
 それから少しずつ蓮自身のことがわかるようになって。言葉を交わし、笑いあうようになった頃には、千歳の心を蓮一人が占めていたのだ。

 蓮のそばにいると、人ではないものから離れられない。
 でも蓮のそばにいれば、何があっても平気。

 不思議な二律背反の感情。
 その気持ちが初恋という名前を持ったときには、もう卒業が目の前に迫っていた。

 切ない気持ちが少しも過去の出来事になっていないと知って、千歳は泣きたくなるのをこらえ、窓の外に目を向ける。
 見覚えのある景色にはっとした。

「ね、ねえ葛…どこへ向かってるの?」
「お前の家」
「僕の?…会社じゃなくて?」
「休めと言っただろ。場所は岩橋(イワハシ)さんに聞いた」
「そっか…ごめ、じゃなくてその、ありがとう」

 後部座席の千歳を、ちらり捉えた蓮の視線。優しく頷いてくれたように思って、千歳の頬が赤くなる。
 高校のときと何も変わらない態度の蓮だけど。見た目はあの頃より、さらにカッコよくなった。

 野生的で、でも洗練されていて。カメラマンというよりモデルのようだ。
 ファッション誌にしばらく携わっていた頃、何人かの男性モデルにも会ったが、蓮の方がずっとそれらしく思えるのは、惚れた者の贔屓目だろうか。
 重たいカメラを操るための手は力強く、しかし指が長いから無骨さを感じない。
 あの手がさっき自分の腕を掴んだのだと思い出すだけで、千歳の耳には自分の心臓の音が響いてくる。