「じゃあ、葛くんは昔のこと、何も言わないんだ?」
夫婦から親友に変わった二人は、リビングのソファーに座って、今日の経緯を話している。
ヘビースモーカーの理子は、新しいタバコを抜いて、火をつけながら隣に座る千歳を見つめていた。
身体を重ねないまま、男女としての関係が崩壊した二人は、その後の方が仲良くなっている。恋愛感情が欠落している分、何でも二人で話し合うからだ。
理子も蓮と同じくらい口下手だったが、辛抱強く言葉を引き出してくれる千歳のおかげで、昔よりずっと話すのが楽になってきた。もっともそれは千歳に対してだけで、他の相手には相変わらず。
これでよく水商売が続けられるものだと、千歳どころか理子本人さえ疑問に思っているくらい。
理子が購入した、家族全員で座れる長いソファーで、千歳はさっきから肩を落としている。
昔話がしたかったとは少しも思っていないが、蓮と近況の交換すらできなかったのは、やはり残念で仕方ない。
「何も言わないっていうか、話すヒマもなく僕が倒れちゃったから。だって葛、いきなり手を掴むんだもん…」
「それだけで気を失うなんて…ほんと。どこまでも乙女ね、千歳は」
呆れた様子の理子に言われ、千歳は拗ねた顔で膝を抱える。
まさかいくら恋愛経験の希薄な千歳でも、手を掴まれただけで倒れたりはしない。しかし宙に浮かんで笑っているような、妖しい存在を隠して話をつなげると、結局そういうことになってしまう。
地元を離れ、都心に移り住んで以来、他の人には見えていない不思議なものたちは、ほとんど千歳の前に現れない。
話して楽しいことではないし、見なくなったならそれでいいと、千歳は理子にもこういう話をしていなかった。
蓮のことはちゃんと話してある。
あの夜、愛し合えないことを思い知らされ、落ち込む千歳を笑って許した理子が、自分の打算を話してくれたから。
千歳も正直に、蓮への断ち切れない想いを話したのだ。
「離婚する?」
紫煙を吐き出す理子にあっさりした口調で問われ、千歳は首を振った。
「どうして。まさか私と結婚したまま、葛くんと付き合うつもり?」
「付き合うなんて、そんな。十年ぶりに会っただけだよ?おまけに葛は、仕事の相手なんだし…」
――蓮と付き合う。
しかも、恋人同士として。
高校生の頃はそうなりたいと、毎日考えていたけど。今の千歳とってそれは、まるで夢のような感じで。想像するだけどうにかなってしまいそうだ。
真っ赤になった千歳の隣で、理子はため息を吐くしかない。
「彼女いるの?葛くん」
「知らない…」