【蓮×千歳B】 P:04


 普段の蓮とは違う、丁寧な言葉の羅列はまるで、本来の蓮自身を思わせる。
 写真家らしい、細やかな描写。酒蔵の杜氏を取材したそれは、職人たちの仕事を注意深く観察していた蓮だからこそ書けたものだと思う。
 千歳にとって蓮の文章は、写真と違い、初めて触れる一面だったのだ。高校の頃から蓮の写真は見ていたけど、こんな風に言葉を綴る才能まで持ち合わせていたとは驚きだった。

「本当は、やりたくない?」
「………」
「企画はもう後戻りできないけど、葛の本当の気持ちを聞かせておいて欲しいんだ。その上で、協力できることがあるなら、何でもするから」
「何でも?」

 蓮は口元を歪め、じっと千歳の顔を見つめた。まっすぐな視線に千歳がうろたえていると、小さく笑って手にしていた書面を机に戻してしまう。
 その手元。鳥と人を足して割ったような小さい生き物が、蓮を真似て書類を覗き込む。慌てて視線をそらす千歳に構わず、蓮が口を開いた。

「岩橋さんには世話になってる。あの人に頼まれたら、断れないんだよ」
「じゃあ…企画を持ちかけたのが編集長じゃなかったら、断ってた?」
「当然だろ」
「葛…」
「ライターの仕事なんか、専門外だ。その俺に文章を書かせようなんて、お前らも奇特なことを考える」
「そんなことないよっ」

 呆れたように話す蓮の言葉を聞いて、千歳は首を振る。
 あれだけ書ければ大したものだし、蓮の文章には専門のライターが書くものとは違う、独特の視線があって魅力的だ。

「僕、初めて葛の文章読んだけど、すごく惹かれたんだ。昔は書いてなかったよね。どこかで勉強した?」
「まさか」
「じゃあ天性のものなのか…羨ましいよ」

 昔からたくさん本を読んで、千歳自身、書く仕事をしたいと思っていたこともある。でも、才能がないことにはすぐに気付いてしまった。読むのと書くのは大違い。どんなに考えて書いても、自分の書いたものは味気ないものばかりで。
 それなら作家の手伝いをする仕事がしたいと、出版社に就職したのだ。しかし出版社に入ったからといって、希望通りの部署へは配属してもらえない。
 情報誌から始まって、ファッション誌にビジネス誌。今は旅行誌の担当だ。文芸誌には程遠い位置にいる。

「諦めてないんだろ」
「何が?」
「文芸誌。やりたいって言ってたじゃないか」

 さすがに驚いてしまった。
 まだはっきりしたビジョンを持っていなかった高校の頃、千歳が文芸誌の編集者をやってみたいと言ったのは、ほんの気まぐれだ。たぶん一度口にしたかどうかという話だろう。でも蓮は、それを覚えていてくれた。