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十年前、高校の卒業式。
その日の千歳は、朝からずっと緊張していた。
高校一年生のときに出会い、その優しさを知ってから、少しずつ言葉を交わすようになった蓮。
ゆっくり距離が短くなって。
いつの間にか、周囲からも親友と呼ばれる間柄になっていた。
でも千歳にとって、蓮は友人じゃない。
彼の前に立てばいつも胸が高鳴って、言葉には出来ない切ない気持ちがあふれそうになってしまう。
他の誰も代わりにならない。
同性でもいい。トモダチでなんかいたくない。
高校三年になって、別れが現実味を帯び始めたときから、千歳は悩み続けたのだ。
写真の道に進む蓮と、国文科を目指す自分。志望大学は離れている。そうなると、ただの友人でしかない自分では、日々の雑事の中で後回しにされ、なかなか会えなくなってしまうだろう。
――葛に会えなくなるなんて、嫌だ。
千歳は覚悟を決めた。
あふれる気持ちを、もう止められない。
卒業式が終わって。
待ち合わせていた校舎の裏、ずっと放置されている、立ち入り禁止の温室へ向かった。
枯れた植物ばかり置いてある温室を、カメラを手にした蓮が、中へは入らずに眺めている。
ゆっくり近づいて。その背中を見つめたまま、千歳は想いを口にした。
「離れたくないよ、葛…ずっとそばにいたい。そばに…いて」
振り絞った勇気が、ちゃんと気持ちを言わせてくれた。
でも、蓮は振り向いてくれなくて。
視線を温室から足元に落とし、何も応えてくれなかった。
「葛…?」
期待していたことは、否定しない。
高校三年間、一番近い存在だった蓮。
指先が触れるとき、視線が触れるとき、千歳は蓮の中に、自分と同じ熱を感じていたから。
「…まいったな」
ようやく返ってきた言葉に、千歳は身が凍るような気がした。
「まさかお前が、そんなことを言うとは思わなかった」
――抑揚の少ない、低い声。
いつも蓮の気持ちを一番理解していたのは自分だ。口下手な彼が言葉にしない気持ちを、誰より千歳は理解していた。
いや、理解しているつもりだった。
振り返りもせずに駆け出した。
泣いているのを知られたくなくて、そのまま誰の声にも振り返らず、自分の家まで走った。
部屋に閉じこもり一晩中泣いて。
失恋の痛みを受け止めきれないまま、千歳は予定を早め、進学する大学の下宿へ逃げ込んだのだ。
大学を卒業しても、地元へは帰らなかった。同窓会の知らせにも、いつも欠席に丸をつけた。
高校を卒業して十年。
千歳は一度も、蓮に会おうとしなかったのだ。