理子(リコ)の勤める店に定休日はないが、彼女は月曜と木曜を休みにしている。
仲のいい東家は毎週、出来るだけその二日間は三人で食卓を囲むことにしていた。
料理はプロ級の腕前を誇る理子なのに、それ以外の家事がまるでダメ。
対して千歳は一通りの家事をこなすものの、料理だけはダメだ。インスタントラーメンさえ手を焼く不器用さ。
だからこそ二人はいいコンビでもある。
今日も千歳が片付けた食卓に、理子の手料理が並んでいた。
「とりあえず、葛くんに彼女がいなかったことを喜ぶのが先じゃないの」
理子はそう言って、手にしたワイングラスを傾ける。付き合いで一杯だけ注いでもらっている千歳のワインは一向に減らないが、本日の赤ワインも二本目が開いた。
「もういいって…」
「何が」
「だからさ…。理子さんだってあのときの葛の声を聞いたら、諦めるよ。『結婚したんだろ』って、すごーく冷たい声だったんだから」
さっきから食卓の話題は、蓮のことばかりだ。
理子に鋭く追及された千歳は仕方なく、蓮に恋人がいないと知ったときの経緯を話した。
蓮の冷たい声が、まだ耳に残っている。
彼はすでに自分たち家族の、普通ではない関係を知っているのかもしれない。だからこそ責めるように、冷たい言葉を叩きつけるのだろう。
蓮なら自分と理子の、恋愛感情が介在しない夫婦関係にも、理解を示してくれるかもしれない。千歳は勝手にそう期待していた。
蓮ならわかってくれるはずだと、一方的に思い込んでいただけに、今更ながら十年で出来た距離を思い知らされる。
思わずため息を吐き出してしまう千歳の気持ちも構わず、理子は今日もあっさりした口調で「じゃあ離婚しよう」と言い出した。
「ちょっと、理子さんっ」
同じ食卓についている理子の息子、虎臣(トラオミ)を気遣う千歳の言葉も、彼女は意に介さない。
「いいじゃない。確かに私に結婚したい相手が出来るか、トラが大人になるまでという約束だったけど。千歳に結婚したい相手が出来た時だって条件に合うでしょ」
「もういいってば」
「良くないわ。葛くんが千歳の結婚を気にしてるなら、脈がある証拠なんだから。すぐに離婚して、葛くんのために離婚したって言えばいいのよ」
「しないよ離婚なんか…」
「何をそんなに拘ってるの?ねえ、トラはどう思う?」
話を振られても、同席していた虎臣は不機嫌な表情のまま黙っている。息子の反対を悟って、理子はため息を吐いた。